密室はいかに裁かれるのか

「見えない道場本舗」さんのこちらのエントリが話題です。


「どんなに密室トリック練っても、警察は『合鍵あったんだろ』と思うだけだから無意味」(原田実氏) - 見えない道場本舗 「どんなに密室トリック練っても、警察は『合鍵あったんだろ』と思うだけだから無意味」(原田実氏) - 見えない道場本舗


これはねえ、オレもヒトコト口を出さずにはおれん話題ですよ。


世界初のミステリとされる、ポーの「モルグ街の殺人」からして密室ものだったし、密室はいつもミステリの華でありました。
そして、「密室なんて意味ない。名探偵なんて絵空事」というツッコミも古くからありました。


東野圭吾が『名探偵の掟』でパロディにしたのも、gryphonさんが言及しているとおりです。

名探偵の掟 (講談社文庫)

名探偵の掟 (講談社文庫)


しかしながら、密室を扱った本格ミステリの傑作では、その辺の必然性をきっちりクリアしているものがほとんどです。
密室の本当の価値は、「いかにして密室はつくられたか」より「なぜ密室はつくられねばならなかったのか」にある、といってもいいでしょう。


密室を、作り方から分類する試みは多くの作家・評論家がそれぞれやっているのでここでは挙げませんが、密室の効果について、僭越ながらいくつかに分類してみます。
ざっくり分けると、ミステリにおいて、犯人が密室を作る理由は5つといえます。
(古典ばっかり出てくるのはオレの趣味です)

  • 殺人を自殺・事故死に誤認させるため
    • 原田実氏が指摘したもので、これとは逆に、他殺を装った自殺というパターンもある
  • 密室を施錠・開錠できる人物に嫌疑をかけるため
    • 比較的シンプルな動機で、代表的作品であるディクスン・カーの『ユダの窓』は、密室内にいた人物の嫌疑を晴らす法廷ミステリーでもある

  • 犯行時刻を密室が施錠される前・あるいは開錠された後だと誤認させるため
    • アリバイトリックとの複合で、前項との複合も多く、バリエーション豊富である
  • 密室内を犯行現場だと誤認させるため
    • 高木彬光が「逆密室」と名づけたもので、前項・前々項と複合されることも多い

  • 犯行に神秘性・怪奇性を付帯させるため
    • ディクスン・カーの『黒死荘の殺人』は、悪霊の祟りを演出する行為と、凶器を誤認させるトリックを複合した名作として名高い

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)

黒死荘の殺人 (創元推理文庫)


ほかにもあるかもしれませんが、まぁざっとこんなものでしょう。ちなみにこれは犯人の都合を分類したものであって、作者の都合ではありません。「犯人が意図せず、偶然に密室が形成される」というパターンもありますが、犯人の意図ではないので本エントリでは除外しました。


また、ミステリにおける「密室」というのは、単に施錠された部屋を指すだけではなく、「雪の上に足跡がない」「出入口が監視されていた」などの場合も「密室」と呼ばれます。

ブラウン神父の無心 (ちくま文庫)

ブラウン神父の無心 (ちくま文庫)

『本陣殺人事件』は日本家屋における密室殺人を成立させるため、雪という舞台装置を使っていますし、『ブラウン神父の無心』に収録されている「透明人間」(昔の訳では「見えない人」と表記されていた)は、厳重な監視の盲点を描いて名高い作品です。これらも「合鍵」では説明できない種類ですね。





「密室」についてくわしく知りたい人は、天城一の『密室犯罪学教程』が参考になります。

天城一の密室犯罪学教程

天城一の密室犯罪学教程

数学の先生が書いた本なのでとてつもなくカテエ文章ですが、これ以上にくわしい分類はおそらくないでしょう。


また、密室を構成する建物の構造に着目して、ミステリ作家の有栖川有栖一級建築士が語り合う本も、なかなか興味深い内容でした。

とにもかくにも、誕生以来170年を経て、幾多のツッコミを浴びてなお「密室」は人々を魅了してやまないのであります。



ちょっと前には、読売新聞でこんな連載もありました。

http://www.yomiuri.co.jp/economy/job/wlb/kaneko/20150610-OYT8T50197.html

まるでサスペンス? 密室はいかに裁かれるのか(1)

 セクハラ事件の一番やっかいなことは、事件の多くが二人だけの場面で起こされている場合が多いことです。

 そして、当事者双方の言い分がまったく同じであれば問題はないのですが、言い分に食い違いがあることが多く、180度違うこともしばしば起きます。

 まさに事件があったのかなかったのかの判断は、2人だけの密室の中にあるということになります。そこで、2人の言い分から事実の有無を判断しなければならないわけですから、そのジャッジには多くの困難が伴うのはいうまでもありません。

タイトルで「これは本格ミステリの評論に違いない!」と思ったら、セクハラの話だったのでがっかりしました。密室といったら殺人だろうが!(不穏当な発言)