うつろ舟

静岡県の海岸に、謎の物体が打ち上げられたとか。


http://www.asahi.com/national/update/0819/TKY201208180483.html

「まるで宇宙船…」なぞの巨大物体漂着 静岡・御前崎


 静岡県御前崎市御前崎海岸に、円すいのような形の巨大漂流物体が打ち上げられた。「宇宙船か」「東日本大震災で被災地から流れ着いたのでは」。サーファーや市民の間で話題になっている。

 市環境課によると、底部のような丸い箇所の直径が約2メートルで、高さは約2メートル。底に50センチ近い穴が開き、中は空洞だった。表面はプラスチックのような黒い素材で、小さな貝がびっしり付着していた。

 御前崎灯台から約1キロ西の海岸で12日ごろ、サーファーらが気づき、市に届け出た。市広報課がフェイスブックで「まるで宇宙船のよう」と発信したため、多くの市民が集まった。

 海岸を管理する県袋井土木事務所では「ブイのようだが、特定できなかった」という。

 波にさらわれると、航海中の船などの障害になる恐れがあり、ロープで係留されている。土木事務所では廃棄物として処理するという。

別のニュースも見ると、物体は「円柱の片方がつぶれたような形」とあり、おそらくプラスチック製の貯水タンクがなんらかの原因で海に流出したものと思われます。


2ちゃんねるでは、このタンクが正体ではないか、と噂されておりました。
http://www.e-suiko.co.jp/products/ct_tk.html


それにしても、海岸に宇宙船のような物体が漂着、といわれるとどうしても「うつろ舟」の伝説を思い出してしまいます。

随筆滝沢馬琴 (岩波文庫)

随筆滝沢馬琴 (岩波文庫)

曲亭馬琴が1822年に記録したところによれば、1803年2月22日の午後、常陸国のはらやどりという浜に、謎の舟が漂着しました。


その舟は円形で直径は6mほど、上部はガラス張りになっていて、底は鉄板で固められており、その中には異様な風体をした美女が一人、乗っておりました。
女の髪と眉は赤く、顔は桃色で、素材不明な白い髪のかつらが長く背中のほうまで垂れていました。
そして、60cm四方の箱を大事に持っていて、誰にも渡さず、離そうとしません。
言葉が通じないので、どこから来たのか聞くこともできません。


舟の中には、2升ばかりの水と、敷物2枚、それに菓子と、肉を練ったような食べ物がありました。


漁村の人たちが相談する中で、土地の古老はこう言いました。
「これは蛮国の王女が、嫁いだ先で間男をしたのがばれて追放されたのだろう。男のほうは処刑されたが、王女は殺すのがためらわれたので、この舟に乗せて、生死を天にまかせたのではないか。とすると、箱の中身はきっと男の首だろう。昔にも、蛮女を乗せた虚舟が漂着して、まな板の上に生々しい男の首が乗せられていたという言い伝えがある。そのことから考えても、箱の中身はそういうものだろう。だから離さないのだ」


さて、このようなものを公儀に届けては後の調べで経費がかかるし、同じようなものを海に再び流した前例もあるので、漁村の人々はこのうつろ舟をまた海に流してしまいました。
思いやりのある人たちならこんなことはしないのですが、非情な人々に拾われたのがこの女の不運でした。


なお、その舟には字のようなものが書かれていて、最近(馬琴がこの話を記録したころ)浦賀沖に現れるイギリス船にも同じような字が書かれています。
この女はイギリスか、ベンガルか、あるいはアメリカなどの蛮王の娘だったのでしょうか。今となっては知るよしもありません。



この話は、澁澤龍彦が『東西不思議物語』で紹介しているので、そこで知った人も多いでしょう。

東西不思議物語 (河出文庫 121A)

東西不思議物語 (河出文庫 121A)

澁澤は、この伝説をモチーフにした小説も書いています。
うつろ舟―渋澤龍彦コレクション   河出文庫

うつろ舟―渋澤龍彦コレクション   河出文庫



今年の4月には、この伝説を裏付ける記録が、茨城県内の旧家で発見されています。


http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13351084527446


伝説はとてもロマンチックですが、今回の「謎の物体」はリアリズムの塊りのようで、とてもロマンを感じさせるものとは言えないようですね。中の空洞に何か入っていたら、少しはミステリーの味が出るんだけどなぁ。