明日のエースは君だ!

中期ウルトラマンシリーズを支えた脚本家のひとりである、石堂淑朗の訃報は記憶に新しいところですが、今度は市川森一まで亡くなるとは。


http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111210/ent11121010310008-n1.htm

脚本家の市川森一氏死去 70歳 「ウルトラセブン」「異人たちとの夏

 大河ドラマ黄金の日日」や「ウルトラマン」シリーズなど人気ドラマを手がけた脚本家、市川森一さんが10日、肺がんのため死去した。70歳。葬儀・告別式の日程などは未定。

 市川さんは25歳の昭和41年に特撮番組「快獣ブースカ」で脚本家デビューし、「ウルトラセブン」や「傷だらけの天使」など多くの人気番組を生んだ。映画「異人たちとの夏」(平成元年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞し、15年に紫綬褒章、先月に旭日小綬章を受章。日本放送作家協会の会長を務め、コメンテーターとしても活躍した。

市川森一が手がけたウルトラシリーズでは、『ウルトラセブン』第37話「盗まれたウルトラ・アイ」や『帰ってきたウルトラマン』第25話「ふるさと地球を去る」が有名です。


マーティン・スコセッシの『タクシードライバー』を先取りしたともいえる「ふるさと地球を去る」については、こちらをどうぞ。
男の魂に火をつけろ! - ふるさと地球を去る 男の魂に火をつけろ! - ふるさと地球を去る


そして、市川森一がメインライターを務めたシリーズが『ウルトラマンA』です。

ウルトラマンA』は当初、男女が合体して変身するという設定ではじまりました。


ここには、クリスチャンである市川の思想が出ていて、男と女、すなわちアダムとその肋骨から生まれたエヴァが融合することによって人間は完全な姿になり、性別を超越した光の超人が生まれるというものです。そのため、エースのデザインや体型は、丸みをおびた中性的なものになっています。たくましく男性的なウルトラセブンとは対照的です。

ウルトラヒーローシリーズ05 ウルトラマンエース NEWパッケージ

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敵である異次元人ヤプールも、はっきりと形を持った存在というよりは、悪の観念のように描かれていて、エースを執拗に苦しめます。ヒーローの精神を苦しめることを目的にした悪役といえば、近年では『ダークナイト』におけるジョーカーがまず思い浮かぶところですが、その原型は聖書におけるサタンでしょう。聖書に書かれているサタンの本質とは、人間を滅ぼそうとするわけでもなければ、神に反逆した堕天使というロマンチシズムでもありません。その本質は、荒野で苦行をするイエスに「神の子ならば石をパンに変えてみろ」と堕落させようとする、すなわち人間の心の弱さにほかならないのです。


エスを堕落させようとするサタンの姿は、『帰ってきたウルトラマン』第31話「悪魔と天使の間に…」や、『ウルトラマンA』最終回「明日のエースは君だ!」などで繰り返し描かれています。

帰ってきたウルトラマン Vol.8 [DVD]

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このどちらでも、神の子たるウルトラマンに対し、悪辣な宇宙人は無垢な子ども(一方は聾唖の身体障害者、一方は親とはぐれた宇宙人という、ただ子どもであるというにとどまらない弱者)に化け「ウルトラマンなら私の正体がわかるだろう、皆の目の前で私を殺してみろ」と迫ります。


そして、どちらの作品でも無垢を装った悪は滅びますが、その代償として、ウルトラマンは正体を暴かれてしまうのです。
(『帰ってきたウルトラマン』では直接そう描かれていないが、郷秀樹隊員と伊吹隊長とのやり取りや、第33話「怪獣使いと少年」における伊吹隊長の行動からみて、隊長だけはウルトラマンの正体を知っていると考えざるを得ない)


ウルトラマンA』は最後に地球を去るとき、子どもたちにこんな言葉を残していきます。

優しさを失わないでくれ。


弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも、友だちになろうとする気持ちを、失わないでくれ。


たとえその気持ちが、何百回裏切られようと。


それが私の、最後の願いだ。

この台詞はのちの『ウルトラマンメビウス』でも繰り返されており、ファンに強い印象を残していますが、これも新約聖書「マタイの福音書」におけるペテロとイエスの問答(「主よ、私の兄弟が罪を犯したら、七度まで赦すべきでしょうか」「いや、七度の七十倍までだ」)をもとにしている、と切通理作が指摘しています。

怪獣使いと少年―ウルトラマンの作家たち (宝島社文庫)

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子ども番組でも「子どもだまし」にはせずに、キリスト教的モチーフを用いながらしっかりと骨太なドラマを届けてくれた、後進に大きな影響を与えた作家でした。ご冥福をお祈りします、というより、市川森一の魂が神のみもとにありますように。