ドブ川に死す

水木しげるの『ドブ川に死す』という短編があります。

コミック昭和史(7)講和から復興 (講談社文庫)

コミック昭和史(7)講和から復興 (講談社文庫)

水木サンのところに豊川という新人アシスタントが入るのですが、これが先輩を先輩とも思わないような態度のでかいヤツで、つげ義春池上遼一(作中では仮名)にも無遠慮な口をきき、先生にまでタバコの煙をフーッと吹きつけたりする始末。

あげくの果てに、つげが失踪してしまうに至ったため、水木サンは他のプロダクションを紹介して豊川を追い出します。


ところが、何日かすると豊川はのっそりと帰ってくるのでした。

「だめです。もう、徹夜でやった連中を、あくる日、兄貴がきてたたき起こすんです。まるでカンゴクですよ」


というのですが、この”兄貴がきてたたき起こすんです”という、ぶっきらぼうなネームが水木サンらしくて素晴らしい、と大泉実成さんも言っておられました。

結局、豊川は他の作家のところへいくものの長続きせず、新宿でフーテンの仲間入りをして野宿生活を送り、最期は睡眠薬を飲んで眠っているうちにドブ川に落ち、溺死します。


「まるで虫けらが死んだように、誰もかえりみるものもなかった…」


とこの作品は結ばれます。



んで、その「兄貴」ですけども。



ぼくはこのお正月の間、宮崎勤関連の本を読み返したり、『堕靡泥の星』関連の本を読んだりと猟奇三昧の日々だったんですが、佐藤まさあきの自伝『「堕靡泥の星」の遺書』も読んでたんです。

『堕靡泥の星』の遺書―さらば愛しき女たち

『堕靡泥の星』の遺書―さらば愛しき女たち

この本、肝心の『堕靡泥の星』のことはぜんぜん書いてなくて、ひたすら著者の女性遍歴*1について女性の実名&写真付きで書いてあるというトンデモないものなんですが。


この本に、水木プロを追い出されて佐藤プロにやってきた、生意気な新人のエピソードも載ってるんですね。


ここでは、

その男が帰って水木に言うには、「あそこは地獄プロです。夜中の4時まで仕事をさせられて、やっと眠ったと思うと朝の9時にマネジャーの兄貴が叩き起こしにきます。あそこではとても身体がもちません。もう一度ここに置いてください」と言ったそうである。
さすがの水木プロの持て余し者も、佐藤プロでは通用しなかったようだ。それにしても根性がない。うちでは近藤*2村松*3も川崎*4も文句を言わず、平気で仕事をしていたものを…
余談だがこの男は、のちにフーテンの仲間に入り、ある朝、新宿御苑の池の中に落ちて死んでいたそうである。シンナーかなにかの吸いすぎということだった。

と、ありました。


ここでいう「兄貴」というのは、佐藤氏の実兄で当時佐藤プロのマネジャーを務めていた、記本隆司氏のことですね。


水木サンのネームだけだと、さぞガチムチの兄貴がやってくるんだろうなぁと想像力を刺激されますが、実際の姿を見ても、精悍な坊主頭でなかなか迫力のある人でした。


その後、佐藤氏はアシスタントたちと同居するのですが、そのときも、先生が起きてもアシスタントが起きてこず、怒り心頭で叩き起こしにいくと、若いアシの緒方*5が、パンツをずらしてちんこを握ったまま眠っているのを見て、気まずくなってソーッと出ていったりしていたといいますから、先生とアシというのは漫画家にとって永遠のテーマなんだろうなぁと思ったりもしていた、ぼくの33歳のお正月なのでした。
(なんだこのオチ)

*1:とくに、さがみゆきとの一件は壮絶。

*2:かざま鋭二

*3:みね武

*4:川崎三枝子

*5:『マル暴株式会社』の緒方恭二