腹いっぱいのプロレス

BSスカパーにて、天龍源一郎引退試合を観戦いたしました。


【プロレス】天龍、52年の格闘家人生に幕 オカダ必殺技でフォール負け : スポーツ報知 【プロレス】天龍、52年の格闘家人生に幕 オカダ必殺技でフォール負け : スポーツ報知

 ◆天龍源一郎引退試合 ○オカダ・カズチカレインメーカー→片エビ固め)天龍源一郎●(15日・両国国技館


 プロレスラーの天龍源一郎(65)が52年の格闘家人生に終止符を打った。引退試合新日本プロレスのIWGPヘビー級王者・オカダ・カズチカ(28)と対戦。オカダのレインメーカー(ショートレンジ式ラリアート)で敗れた。大相撲の名門、二所ノ関部屋からジャイアント馬場率いる全日本プロレスなどで活躍。昭和のプロレスを象徴する男がまた1人、リングから去った。

 天龍が最後の力を振り絞った。全盛期と同じ黒のショートタイツでオカダとにらみ合う。27歳も年下のIWGP王者の猛攻に耐えながら、チョップ、グーパンチ、顔面キックと必殺技を繰り出した。両ひざ、両ひじにはサポーター。腰にはベルトを巻く傷だらけの肉体を奮い立たせながら、ラリアット、ダインビングエルボーを受けても立ち上がった。DDTでカウント2に追い込むも決定打にならない。必殺のパワーボムは返される。逆にドロップキックを顔面に受け、レインメーカーに持ち込まれるところをグーパンチで切り返し延髄斬りで苦境を脱した。続けて放り投げる形のパワーボムでカウント2まで追い込んだ。

 なおもグーパンチで追い込むがドロップキックの連発でグロッキー。それでもチョップ連発、グーパンチの連打で抵抗するがドロップキックで倒された。最後はレインメーカーでフォール負け。引退試合を壮絶な最後で幕を閉じた。

今日はもうね、興行のスポンサーとして、リングに「メガネスーパー」の文字があっただけで感涙ですわ。

1990年! メガネスーパー田中八郎社長(当時)がプロレス界の「黒船」として業界に進出! 潤沢な資金力をバックに、トップレスラーたちを次々に引き抜いて新団体「SWS」の旗揚げを宣言!
全日本プロレスの体制に不満を持っていた天龍源一郎は、その引き抜きに応じてSWSのエースとして参加。しかし、健全な競い合いを目論み、斬新な試みとして導入された部屋別制度が逆に派閥の温床となり、リング上ではどこか噛み合わないファイトばかりが展開された。加えて、ターザン山本体制下の週刊プロレスによるネガティヴキャンペーンもあってファンの支持も得られず、SWSは短期で崩壊、親会社メガネスーパーと田中社長は、意気込んで参入した事業から、労多くして実りなきまま撤退を余儀なくされたのでありました。


田中八郎さんは2010年の12月にお亡くなりになり、メガネスーパーも経営不振による減資で中小企業となり、今年には債務超過による上場廃止の危機まで報じられていますが、それでも縁の深い天龍の引退試合にはこうして広告を出してくれるのだから、会場に来ていたターザン山本がどんな気持ちでこれを見ていたのか気になるところです。

「金権編集長」ザンゲ録 (宝島SUGOI文庫)

「金権編集長」ザンゲ録 (宝島SUGOI文庫)

ターザン山本は、ジャイアント馬場から裏金をもらってSWSのバッシング記事を書いたのち、田中八郎氏から裏金をもらってバッシング記事を書くのをやめた、というぐう畜エピソードをのちに告白している)


で、肝心な試合のほうですが、ぼくは数日前にこんな危惧のエントリを書きました。
サンダーストームは永遠に - 男の魂に火をつけろ! <音楽映画ベストテン受付中> サンダーストームは永遠に - 男の魂に火をつけろ! <音楽映画ベストテン受付中>
身体の動かない天龍と、技の引き出しがそれほど多くないオカダ。果たして、レジェンドの引退試合にふさわしい戦いになるかどうか、心配しておりました。しかし終わってみれば、号泣必至の試合でしたね。


天龍の足腰は想像以上に悪く、走るどころか立って歩くことすらおぼつかない様子。逆水平チョップもサッカーボールキックもグーパンチも当てるのが精一杯で、オカダの攻撃を食らって倒れるたびに、また立ち上がるのが本当につらそうでした。でもオカダもよく頑張った。立ち上がれない天龍を座らせ、上体を起こすたびにドロップキックを撃ち込むという、天龍の身体に負担をかけず、なおかつ痛みの伝わる攻防を展開するあたりはよく考えたものだと思いました。ここは外道を褒めるべきでしょうかね。
動かない身体で、天龍が往年の必殺技を出していくあたりはもう涙なしには見られませんでした。パワーボムの体勢に入ったときは「オカダ頼む! しっかり受けてやってくれ!」と思わず拳を握りしめておりました。しっかり立つこともできない天龍には、さすがにリング中央でオカダの身体を持ち上げることはできませんでしたが、コーナーにもたれながらの再トライでオカダの身体が浮いたときには、ぼくも涙とともに「やった!」という声が漏れました。さすがにしっかりスタンプすることはできず、放り投げる形になりましたが、オカダもしっかり受け身を取ってくれました。ちょっとミスしたら、天龍が昔、ジャンボ鶴田パワーボム失敗で首を痛めたときのようになっても、おかしくない角度でしたね。


とにかく、天龍の痛みがリアルに感じられる試合でありました。長年の活躍を見てきたファンもそれなりの年齢層となり、多かれ少なかれ身体のあちこちにガタも来ているでしょう。ぼくも足腰にはかなり故障があるので、他人事ではない試合でした。もうフィニッシュのレインメーカーが出るころには、攻防のクオリティ以前の問題として、ダウンした天龍が立ち上がればそれでいい、という心境になっておりました。まっすぐ立つのもおぼつかない天龍が、くるんと回ってレインメーカーを受けたときには、安心感と満足感でいっぱいの自分がいたのでありました。最後の最後まで、天龍は「痛みの伝わるプロレス」を実践し続けてくれた。そういう引退試合でした。