これもまたプロレス

いちおうこの話題にも触れておかないと、後で自分が「あのときオレはどう思ったんだっけ」と回想するときに困るということで。

週刊プロレス 2015年 3/11 号 [雑誌]

週刊プロレス 2015年 3/11 号 [雑誌]

ケンカマッチで女子レスラー顔面“崩壊” ケンカマッチで女子レスラー顔面“崩壊”

 22日に行われた女子プロレス「スターダム」の東京・後楽園ホール大会で、女子プロ史上まれに見る大惨事が起きた。メーンで行われたワールド・オブ・スターダム選手権試合で王者の世IV虎(よしこ=21)が試合中に壮絶なケンカマッチを仕掛け、挑戦者の安川惡斗(28)の顔面を“崩壊”させる大ケガを負わせたのだ。スターダムは厳しい処分を下す方針で、世IV虎はこのままマット界から追放される可能性も出てきた。

 異変が起こったのは、試合開始直後だった。ニラみ合った状態から、先に安川が仕掛けた。グーパンチをお見舞いすると、世IV虎の顔面にクリーンヒット。この一撃で明らかに表情が変わった世IV虎も強烈なグーパンチをお返しして、お互いにノーガードで殴り合う展開となった。

 試合を裁いた和田京平レフェリー(60)は血相を変えて世IV虎を「お前はチャンピオンだぞ!」と怒鳴りつけ、両者を引き放す。この時点で安川は鼻から大出血。救急処置のためインターバルが取られた。その後、試合は続行されたものの、もはや理性を失った世IV虎は止まらなかった。馬乗り状態からパンチ、掌底で安川の顔面を殴り続ける。安川は戦闘不能状態で、世IV虎の攻撃は明らかに常軌を逸していた。

 安川は気力だけで立ち上がろうとするも、右目付近は大きく腫れ上がり「お岩さん」状態に。たまらず和田レフェリーが試合を止めてセコンドにタオル投入を促し、7分45秒、TKOで世IV虎3度目の王座防衛が告げられた。しかし、1050人の観衆で埋まった会場は、怒声とどよめきが飛び交う異様な雰囲気。和田レフェリーが試合を止めなければ、最悪の事態を招いていた可能性もある。

 安川は救急車で都内の病院に緊急搬送されたが、顔の腫れがひどく、精密検査には時間がかかる見込み。女子プロレスラーでここまで顔面が腫れ上がった例は、2000年7月2日の神取忍(対天龍源一郎戦)以来となるが、そもそもこの試合は純然たる女子プロレスではない。一方の世IV虎はノーコメントで会場を後にした。

 スターダムのロッシー小川社長(57)は「プロとして失格。どんな感情があろうが、プロレスの範疇(はんちゅう)を超えていた」と厳しい口調で話し、王座剥奪を含めた厳罰を科す方針。関係者によると、もともと2人の仲は険悪で、世IV虎が安川にジェラシーを抱いていたという。

 この“事件”は、またたく間にプロレス界に知れ渡った。メジャー団体の選手、関係者からは「ルールの中で戦うのがプロレス。それができない選手とは誰も試合をできない」「普通ならすぐに解雇だろう」と厳しい声も上がっており、世IV虎はこのまま引退に追い込まれる可能性も出てきた。メーンのタイトル戦をブチ壊しただけでなく、人気復興の最中にあったプロレス界に水を差したのは事実。その代償は大きく、その処罰が注目される。

この「事件」はネットニュースでも大きく取り上げられ、安川の腫れあがった顔のインパクトもあって、おおいに話題となっています。
続報によれば、世IV虎は安川とファンに謝罪して無期限出場停止の処分を受け、安川は鼻骨と眼窩底を骨折して手術を受けるものの「ハートは折れていない」と宣言して復帰を熱望しているとのこと。


いまではスポーツの世界にとどまらず、広く使われている「心が折れる」という言葉ですが、これを世に出したのが、神取忍が1987年にジャッキー佐藤と不穏試合をやったとき、井田真木子の取材に応えて「相手の心を折ることを考えていた」と話したことだ、というのはプロレスファンの多くが記憶していると思います。

このときも、神取のナックルパンチでジャッキーの顔面は大きく腫れあがっていたものでしたが、世IV虎は神取ほど関節技に長けていないせいか、安川の心までは折れなかったようです。


で、今回の「事件」を受けて、ネットのあちこちで世IV虎や安川、社長の小川や和田レフェリー(試合の動画を見たら、リングアナの紹介を受けたときにいちばん大きな歓声を受けていたのは和田京平であった)を責める声が挙がっていますが、オレは、少なくとも選手たちを責める気にはなれんなあ。


最近は(とくにミスター高橋のカミングアウト本以降は)「プロレス」を「馴れ合い」「やらせ」の意味で使いたがる輩がよくいるんですが、だいたい勘違いしてるんですよね。
杏野はるなと結婚していた事務所の社長とか、吉田豪との対談を提案された岡田斗司夫とか、ああいった人たちがスキャンダルの核心をごまかそうとするときに「(相手は)プロレスができない」みたいなことを言うんですけど、プロレスってのは、決して自分のやりたいことを一方的にやらせてもらえる都合のいい舞台ではないんですよ。アングルがまずかったり、試合がしょっぱかったりしたら観客は容赦なくブーイングを飛ばすし、リングの中では、いくら取り決めがあったとしてもその通りにやれる保証はない。こういう試合だって、起こってはいけないことではあるけど、いっぽうで、人間どうしがやっている以上、絶対になくなりもしないものなんです。


そして、オレたち古参プオタは、このような不穏試合を「過激な戦い」「伝説のシュートマッチ」などといってもてはやしてきたじゃないですか。

日本のプロレス史上では力道山VS木村政彦の試合がまず挙がるし、カール・ゴッチがグレート・アントニオに制裁を加えた試合は梶原一騎の漫画でおなじみだし、アントニオ猪木はグレート・アントニオの顔面を血みどろになるまで蹴りまくり、パク・ソンナンの目に指を突っ込み、アクラム・ペールワンの腕を折っています。
完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

前田日明も、旧UWFでは佐山聡と不穏試合をやり(このときは佐山の機転で前田の反則負けとなり、大事に至らなかった)、アンドレ・ザ・ジャイアントとの試合は放送禁止となり(長らく封印されていたためファンの幻想が膨らんだが、解禁されて見たら単に試合が成立していないだけだった)、長州力の顔面にキックを入れて眼窩底骨折の重傷を負わせたこともありました。
KAMINOGE vol.28―世の中とプロレスするひろば 「UWF30周年」前田日明

KAMINOGE vol.28―世の中とプロレスするひろば 「UWF30周年」前田日明


神取とジャッキーの試合だってそうだし、オレたちはこういった不穏試合を、演じてきた彼ら彼女らの「伝説」を彩る要素として消費してきたわけですよ。
それを、今回に限って「これはプロレスではない」「プロ失格」などと断じることは、オレにはできないなぁ。
少なくとも、オレにはそんな資格はない。


今回の「事件」はショッキングな画像もあって、まとめサイトとかでも取り上げられてるけど、やたらと「こんなのプロレスじゃない」みたいな書き込みが目立つんですよね。
最近の、明るく健全なプロレスしか知らない人からすればそう思うのも無理ないし、選手としても運営側としても明らかに失敗した試合ではあるし、責任を免れることはできないんだけど、間違いなく、これもまたプロレスなんですよ。