時計をとめて

遅まきながら『探偵はBARにいる』を観てきたッス。

現代版のプログラム・ピクチュアという感じで、肌触りも喰い応えもザックリしてて感じのいい映画でした。


実はこの映画に、目新しいものはとくにありません。猥雑な夜の街をゆく孤独な探偵、その相棒との軽妙なやりとり、しゃれた会話とむき出しの暴力、残忍なギャングや謎めいた運命の女(ファム・ファタール)、そして石橋蓮司。どれもこれも、古くは石井輝男が『地帯』シリーズで、長谷部安春や澤田幸弘が日活ニューアクションで、村川透崔洋一角川映画でやっていたような題材ではあります。和製ハードボイルドの概念をはみ出ることのない、いってみれば保守的な作品ですが、正しく作ればちゃんと観客を感動させられるんですね。様式美ってものの強さを感じました。


バーにかかってきた電話 (ハヤカワ文庫JA)

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探偵の<俺>がいきつけのバーで呑んでいると、コンドウキョウコと名乗る女から「南という弁護士に、去年の2月5日にカトウがどこに居たか訊いてほしい」という奇妙な依頼が舞い込みます。危険を感じながらも引き受けた<俺>は、南のもとで門前払いを食い、帰り道で黒ずくめの男たち(リーダーは『ノーカントリー』のハビエル・バルデムみたいな気持ち悪い髪形の高嶋政伸)にさらわれ、雪原に生き埋めにされる……という導入部。
原作では、「去年の8月21日」だったのが映画では2月になり、雪原に生き埋めにされる場面も、原作では雪の溶けた春だったので「地下鉄の線路に突き落とされる」でした。このように、映画の舞台は過去パートも現在パートもずっと、雪の降る札幌です。夏から春にかけての話だった原作を、映画版では冬に移すことによって「北海道」という地域性を強く出し、大泉洋という主演俳優の魅力をより引き出すことに成功しています。雪の中から大泉洋が這い出してくる場面では劇場で笑いが起こってましたし、ぼくもいつ「こんばんは、水曜どうでしょうです」と前枠を始めるのだろうと思ってしまいました。雪原の向こうからミスターがソリで滑ってきそうでした。
まぁロケを冬にいっきに済ませたいという制作上の都合もあったんでしょうけど、『水曜どうでしょう』最新作が夏にロケされたのに編集に手間取って冬に放送され、本編は夏なのに前枠と後枠だけ冬だったのと好対照をなしています。
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相棒役の松田龍平も、今回は飄々としたいい味を出しています。いつも寝てばかりいるグウタラ男ですが空手の達人で、大泉の危機には駆けつけて敵をバッタバッタとやっつけて見せます。これまでのキャリアでは熊谷家のDNAの方が目立っていた龍平ですが、今回はさすがに松田優作のDNAを感じさせました。

探偵物語 VOL.1 [DVD]

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本質的には喜劇俳優である大泉洋ですが、今回の映画ではバイオレンス描写もばっちり。我らが大泉さんが、高嶋弟(最近はDV報道でたいへんである)やエセ右翼や諏訪魔(元VOODOO-MURDERS)といったアクチュアルな暴力人間たちにぼっこぼこにされる姿はショッキングでしたし、おっさんをビルから落とそうとする場面は、リアル「おいパイ食わねぇか」のような不気味な迫力がありました。でも龍平に向けてボヤく姿はいつもの大泉さんという感じで、クールに聞いている龍平がたまに安田顕に見えるときがありました。


ミステリ的には、やや探偵が後手後手に回りすぎるというきらいがありますが、大泉さんの絶妙な三枚目演技と哀愁漂う演出のため、そんなに気になりません。ラスト近く、大泉さんが電車の中で叫ぶシーンはすごくいい場面なのですが、大泉洋が乗り物で叫ぶのはいつものことなので条件反射的に笑いそうになりました。どうでしょうバカはこれだから困ります。


それでも、哀切なエンディングとそこに流れるカルメン・マキの”時計をとめて”(ジャックスのカヴァー)にはホロリとさせられるものがありました。

ムーン・ソングス

ムーン・ソングス

まぁここで”1/6の夢旅人”が流れても困るんですけどね。


シリーズ化も決定しているとのことなので、早く次の作品が観たいところです。本作ではあまり活躍しなかった田口トモロヲ松重豊との関係もより描かれるでしょうし、こういう良質なプログラム・ピクチュアが今の日本映画には必要だと思いました。年に一本は作ってほしいなぁ。