デマの法則

今回の東日本大震災で、たしかに被災地では盗難事件が発生しています。ぼくの友人も、石巻市で経営しているお店から商品をごっそり盗まれたというし、気仙沼市ではこんな事件もありました。


http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110323t13007.htm

金庫の4千万円盗難 気仙沼信金津波で電子ロック損壊

 22日午前9時半ごろ、東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市松崎片浜、気仙沼信用金庫松岩支店で「金庫が荒らされた」と男性職員が110番した。気仙沼署の調べで、店舗1階奥の金庫室から現金約4000万円が盗まれたことが判明。同署は、震災に乗じた多額盗難事件として捜査している。
 県警によると、津波の被害で金庫室の鉄製扉の自動電子ロックが壊れ、施錠されていなかったが、職員らは気付いていなかったという。店舗は津波で損壊し、誰でも店舗に入れる状態だった。
 22日午前に店舗の後片付けに来た職員が被害に気付いた。19日午前には金庫室の現金が確認されており、県警は連休中に盗まれたとみて調べている。

かかっているはずの鍵が開いていることに関係者が誰も気づかなかった、というのは密室ミステリとしてはアンフェアだとされます。エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』がその典型ですが、天城一の分類による「不完全密室の1:抜け穴密室」というやつですね。

天城一の密室犯罪学教程

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それにしても、いくら津波がすごくても金庫の電子ロックが壊れるとは、さすがに信金職員も予想できなかったのでしょう。ここの叙述をうまくやれば、心理的な密室トリックとして成立しないこともないですね。お金が無くなっていて、代わりに見知らぬ男の刺殺体が……なんてのだったらなおよろしい。あ、あくまでフィクションに脚色する場合の発想法ね。
(震災から数日というもの、ロクに外出もできず停電でテレビもネットも見られないので、ひたすら密室ミステリばかり読んでいたらすっかり思考回路が汚染されてしまったのである)


ほかにも空き巣などの被害が報告されており、盗難事件が発生しているのはたしかに事実です。被害に遭った人や現地の被災者の間では「中国人窃盗団が徘徊している」というウワサも出ていますが、これはいまのところウワサの域を出ていません。


関東大震災のときは、「朝鮮人が暴動を起こす」「井戸に毒を入れる」という流言蜚語(おそろしいことにマスコミは事実として報道した)を信じた人々が自警団を結成し、朝鮮人を虐殺するという事件が発生しました。混乱時のことで犠牲者数には諸説ありますが、少なからぬ人が犠牲になったことは確かです。


ところが、最近はこれを「関東大震災のときには朝鮮人が日本人を襲った、当時はそう報道されている」「だからデマだったというのがデマだ」とする人もいるみたいで、なんともはやです。また、2chによく貼られているコピペを鵜呑みにして「阪神大震災のときも朝鮮人によるレイプが多発した」と言い張って「だから女は自衛しろ」という結論に持っていこうとする人も、震災発生直後にはよく見られました。


東日本大震災の直後に広がった人種差別と「レイプ多発」というデマ - Togetter
(↑なぜか宮台真司バクシーシ山下の話題までここに絡められている。安田理央さんの「この人たちはいつの話をしてるんだろう」というツイートが印象的だった)

ひとはみな、ハダカになる。 (よりみちパン!セ 29)

ひとはみな、ハダカになる。 (よりみちパン!セ 29)


被災地の生活はプライバシーが希薄で、親しくない男女が狭い空間で生活することを余儀なくされることもあり、性暴力が発生しやすい環境であることはたしかです。でもそれを排外主義に結びつけようとするのは醜悪だなぁ。


タレントの川崎麻世は、被災地に住む友人の証言として、こんなことをブログに書いています。


http://ameblo.jp/kawasakimayo/entry-10837167447.html

性犯罪・殺人事件が起こる被災地!

<抜粋>


被災地に住む知り合いから連絡が来た。




麻世さん覚えてますか?
我々は隣町の高台に引っ越したので
津波の被害はなかったけど


酒屋をやってる実家は
倒壊してしまいました。


治安は最悪です


一緒に飲んだ街覚えてますか?



ナイフを持った外国人がウロウロしています



レイプも多発しております。




こんな中
物の奪い合いから殺人事件もありました。



不安な毎日を送っております。



と言うようなメールと


流される街の動画や


写メが送って来た。

アメブロに特有の行間が異常に大きく開いた文章で、こんな伝聞を語っています。そりゃ被災地の暮らしはたいへんだけど、限定された情報しか手に入らない環境にいる人の証言をそのまま受け取るのは危険です。ナイフを持った外国人をその人が本当に見たのか? レイプ事件や殺人事件をその人が目撃したり、被害者と知り合いだったりしたのか? 現地で流れているウワサをそのまま伝えてきただけなんじゃないのか? そういう検証が必要だってことも少しは考えてほしいですね。


アメリカの心理学者、オルポートによる有名な実験ですが、

この絵を被験者に見せ、伝言ゲームで伝えさせていくと、「カミソリを持った白人とスーツを着た黒人が口論している」という内容がいつのまにか「カミソリを持った黒人が白人と口論している」というふうに逆転してしまったといいます。
(ていうかこの絵がそもそも現代じゃヤバいだろ。黒人というより影男かなんかにしか見えないよ!)

デマの心理学 (岩波モダンクラシックス)

デマの心理学 (岩波モダンクラシックス)

デマの発生しやすさは、

  • 「テーマの重要性」×「状況の曖昧さ」

で表されるといいます。殺人や強姦、窃盗など犯罪被害という切実な重要性と、どこでどんな事件があったのかわからないという曖昧さが流言蜚語を生み、曖昧な情報の中にレイシズムの入り込む余地ができてしまうんですね。


川崎麻世がこのメールを信じてしまったのも、

  • 「知り合いが被害に遭うかもしれない」という重要性
  • 「事件のことが詳しくわからない」曖昧さ

に加えて「外国人は怖い」というゼノフォビアが彼の中にあるからなんでしょう。

カイヤの英会話 ハートでトーク

カイヤの英会話 ハートでトーク

麻世が本当にコワいのは、ナイフを持った外国人より、おっぱいを盛った外国人じゃないかと思うんですけどね。