悪魔のキューピー

11月30日に、改定常用漢字表が内閣告示されるそうですが、その追加字についてこんな意見が。


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101129-OYT1T00026.htm

呪も怨も人名漢字に復活「悪魔くん」騒動懸念も

 人の名前にはそぐわないとして、かつて人名用漢字候補から外された「賭」「怨」「尻」など34の漢字が、30日内閣告示される改定常用漢字表で“復活”する。

 常用漢字は人名に使えるため、1993年に「悪魔」という名の出生届が出て騒動になった例のように、「想定外の名前」を警戒する声も出ている。

 戸籍法は、人名に使える字を「常用平易な文字」として、同法施行規則で〈1〉常用漢字〈2〉人名用漢字(985字)〈3〉カタカナ、ひらがな――を指定している。しかし、今回常用漢字に加わり、人名にも使えることになった字のうち34字は、2004年、法制審議会の部会が当時の人名用漢字を増やす案をまとめた際、パブリックコメントなどで「人名に不適切」と批判され、削除された経緯がある。

 1993年、長男の名を「悪魔」とする出生届が出された東京都昭島市。神山達夫市民部長(60)は今回の34字復活に、「人名に使われる可能性が考慮されていない」と困惑する。

 「悪」「魔」とも常用漢字で、当時市はいったん出生届を受理。後に不適切として戸籍から抹消した。

 父親の不服申し立てを受けた東京家裁八王子支部は審判で「命名は原則親の自由だが、明らかに不適当な場合は受理を拒否できる」と述べ、「悪魔」も命名権の乱用に当たると判断した。ただ、いったん受理した手続きは進めるべきだとして市側に「悪魔」の戸籍記載を命じた。その後父親が別の名前を届け出て騒動は幕を閉じた。国は現在も「明らかに不適当な命名」の基準は示しておらず、出生届には、まず自治体が受理するかどうかの判断に直面する。戸籍法を管轄する法務省民事局では「自治体から親権乱用などの疑いのある事例が上がってくれば対応を考える」と話している。

常用漢字表の問題って、たしか去年も話題になってましたよね。
鵺の鳴く夜は恐ろしい - 男の魂に火をつけろ!
まだ終わってなかったのか。


常用漢字表は人名用だけの目的じゃないんだから、ここで問題にするのはあんまり意味がないと思いますけどね。というかそもそも、「悪魔ちゃん命名事件」のときだって、「悪」も「魔」も常用漢字表にあるにも関わらず命名が認められなかったのだから、改定とはあまり関係ないような気が。


それにしても、見出しに「悪魔くん復活」と書かれていると、どうしても水木しげる的ななにかを思わずにおれないですね。

水木しげるの『悪魔くん』は、もとは1963年に貸本で発表された作品で、悪魔くんと呼ばれる天才児(トンガリ頭で凶悪なキューピーみたいなルックス。本名は松下一郎)が、人類がみな平等に暮らせる理想社会を築くために、悪魔を召喚して現代社会に戦いを挑むという内容で、いわば魔術的武装革命の物語でした。極貧生活を強いられていた水木サンの憤りがこの作品を生んだのですが、内容が難解だったために売れ行きが不振で、全五巻の予定が三巻で中絶され、未完に終わりました。ラストでは悪魔くん使徒の裏切りによって暗殺されますが、水木サンの意欲は強く「七年後に復活する」と予言されて終わります。しかし実際には、1965年ごろには水木サンが「少年マガジン」でメジャーデビューを果たして人気作家となり、『悪魔くん』も1966年に「別冊少年マガジン」誌上にて復活することになります。この辺は『ゲゲゲの女房』でも取り上げられましたので、最近はよく知られていますね。
悪魔くん (KCデラックス)

悪魔くん (KCデラックス)

しかし、ここで復活した悪魔くんは初代の悪魔くんとは別人で(本名は山田真吾)、悪魔メフィストを従えて悪い魔物や妖怪を退治するストーリーになっていました。こちらの作品は、実写でドラマ化された『悪魔くん』の「原作」として連載されたもので、悪魔くんのルックスも、初代の個性的な顔から、実写版の主役である金子光伸を意識した美少年に変わっています。


そして、1970年には「週刊少年ジャンプ」にて『悪魔くん復活 千年王国』が連載されます。

悪魔くん千年王国 (ちくま文庫)

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こちらは、革命家・松下一郎の悪魔くんが主役で、貸本版のリメイクとなっていました。今は『悪魔くん 千年王国』というタイトルに変わっています。


1976年には『復活! 悪魔くん』が「月刊少年ジャンプ」に掲載されます。『千年王国』でやはり使徒の裏切りによって暗殺された悪魔くんが、その魔力と頭脳で地獄を征服し、革命のために地上に帰ってきて、彼を危険視する魔女たちやねずみ男に騙された鬼太郎と戦うという、ブレイク後の水木サンに顕著ななげやりのサービス精神がいかんなく発揮された作品でした。鬼太郎が力尽きたところでいきなり悪魔くんが「きみは戦うべき相手ではない」と和解を申し出たり、ねずみ男は魔女から謝礼のピーナッツをもらうという時事ネタも取り入れられ(ロッキード事件の直後であった)脱力具合も申し分ありません。文字通り「復活」するのはこの作品で、今は『鬼太郎対悪魔くん』というタイトルに変わっています。

コミック怪 1 (単行本コミックス)

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1986年には月曜ドラマランドにてまた実写化され、そこでは悪魔くんの本名は「伊藤真吾」でした。
(未ソフト化)


1989年にはテレビアニメ化され、こちらでは「埋れ木真吾」という名前になっています。ルックスは初代に近いキューピー型から険を取ったような、ふっくらしたものでした。

悪魔くん コンプリートBOX [DVD]

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これの原作は「コミックボンボン」に『最新版悪魔くん』というタイトルで連載されましたが、水木サン自らの作品というより森野達也ら水木プロ主導のものとされています。


1993年には水木プロ作品として『ノストラダムス大予言』が発表されます。こちらは、山田真吾の悪魔くんノストラダムスとともに時空を旅するというものでした。


今のところ、この1993年版が最後の『悪魔くん』のようです。



ちなみに、『悪魔くん』発表からまもなく藤子不二雄Aが『怪物くん』を「少年画報」に連載し、ムロタニ・ツネ象は『地獄くん』を「少年サンデー」に連載します。

完本・地獄くん (QJマンガ選書 (04))

完本・地獄くん (QJマンガ選書 (04))


水島新司にも『極道くん』という漫画がありました。
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えんどコイチの『死神くん』をご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

死神くん 1 (集英社文庫(コミック版))

死神くん 1 (集英社文庫(コミック版))

これら一連の縁起悪い名前+「くん」シリーズですが、「怪」も「物」も「地」も「獄」も「極」も「道」も「死」も「神」も、もちろん「悪」も「魔」も常用漢字表に載っています。彼らの名前も、法律的には受付を拒否する根拠はないんですね。まぁ、本人が大人になってから改名を申請すれば認められるでしょうけど。