新説:「取調室でカツ丼」

夏休みも昨日で終わり、今日から仕事がはじまりました。死にたい。


浮世のつらさはともかく、休みの間はとくに遠出もせずにごろごろしていて、部屋の中にある本をテキトーにとっちらかしながら読んだりしておったのですが、一つ気が付いたことがありまして。


刑事ドラマなんかで、取調室で容疑者にカツ丼を食べさせる話がよくありますね。最近ではパロディでしか使われない紋切り型で、実際の取調べでは店屋物を出すことはない、ということも知れ渡っています。


なんですが、大久保清事件のノンフィクションを読んでいて気付いたんですがね。

連続殺人鬼大久保清の犯罪 (新潮OH!文庫)

連続殺人鬼大久保清の犯罪 (新潮OH!文庫)

昭和46年に群馬県で起こった、連続女性暴行殺害事件の犯人である大久保清は、警察署でカツ丼を食べているんですね。


というのも、大久保の逮捕にはいささか特殊な経緯がありまして、被害者の兄が、自分の経営する会社の従業員や知人・友人を集めて民間捜索隊を結成し、その独自の調査活動によって大久保の関与とその乗用車マツダ・ロータリークーペのナンバーを突き止め、最後は9キロにわたるカーチェイスの果てに、私設捜索隊がその身柄を押さえ、警察に引き渡しています。


この時点では大久保への逮捕状は出ておらず、あくまで参考人としての任意同行という形だったため、警察はその取り扱いに慎重を期しました。


(というかこれ、いくら容疑が濃厚とはいえ指名手配されているわけでもない人間を民間人が逮捕したわけだから、厳密にいえば捕まえた人の方も逮捕・監禁罪に問われる可能性があったんですね。警察からは、民間捜索隊に「発見したときは追跡せず警察に任せるように」と注意していたそうですが、結局それは守られなかったということですし)


で、捜査本部のある群馬県警藤岡署に連れてこられた大久保が、開口一番「ああ腹が減った。おれまだ夕飯食ってねえんだよ」と言うや、希望するカツ丼をすぐ取り寄せてやったとのことでした。


大久保は、カツ丼を平らげた後の事情聴取にはのらりくらりと答え、誘拐・殺害について自供はしませんでしたが、状況証拠によってわいせつ目的誘拐容疑で通常逮捕されます。


しかしその証拠は薄弱で、検察庁への送致期限の48時間では起訴に充分なだけの証拠が得られそうになく、わいせつ目的誘拐での立件すら困難な状況でした。


ですが、女性行方不明事件に関連して男が逮捕された、というテレビのニュースを見ていた女性が、「この男に強姦された」と警察に訴え出たために事態は急転し、強姦致傷で再逮捕されてからは連続女性殺害を自供し始めます。


とはいえ、婦女暴行などで何度も逮捕された経験を持つ「懲役太郎」である、大久保への取調べは困難をきわめ、「死体を埋めた場所はいわない」とかたくなに言い張るこの男から完全自供を得るにはそれから3ヶ月以上を要し、8件の殺人を自供した後にも「実はもうひとり殺している」と虚偽の供述をするなど、最後まで警察を手こずらせたのでした。


取調べ中に、もっと何度もカツ丼を食わせていれば、自供も早まったんでしょうかね。