本日は終戦記念日です
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 1989/08/21
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南ベトナム軍の将校が、ベトコンのスパイに対し、リボルバーを頭に突き付けて射殺。
撃たれたベトナム人は、マリオネットの吊り糸を切ったようにその場に「くしゃっ」て感じで倒れ、頭に開いた穴からは公園の水飲み場のようにぴゅーと血を噴き出す。
戦争って、どんなに論じたところで、結局はアレのことなんだろう。
どんなに崇高な理念を持って戦う人でも、結局、撃たれれば「くしゃっ」「ぴゅー」で終わりなんだ。
どんなに平和を求めて祈る人でも、結局、攻め込まれれば「くしゃっ」「ぴゅー」で肉の塊になるだけなんだ。
そうやって、たくさんの人々が死んでいった。
たくさんの人々が人殺しになった。
靖国神社に参拝した人も、参拝すべきでないと思っている人も、死んでいった人々、人殺しになった人々を悼む心は持っているはずだ。
自分と思想の違う人間はいくらでもいるが、人の心を持っていない人間はそうはいないはずだ。そう信じている。
でも。
それでも、どんなに豊かな人間の心を持っていても、ひとたび戦場に赴けばそんなものは通用しない。それが現実。
どんなに平和を求めていても、どんなに戦争を憎んでいても、戦争を回避できるとは限らない。
こっちがそのつもりでも、相手がそう思っているとは限らないから。
相手というのが誰なのか、どこの国のことをそう思っているのか、それは人それぞれだ。
確かなことは「明日のことはわからない」ということだけ。
昨日までの味方が明日には敵になる、なんてのは歴史上いくらでも前例があるんだから。
そして、ひとたび敵が生まれたら、あとは「くしゃっ」「ぴゅー」が繰り返されるだけ。
そしたら、人間の考えることは一つ。「撃たれる側でなく、撃つ側に回りたい」ということだけだ。
それも、まぎれもない人間の心。
人は、戦争について反省しなければならない。
それは、ただとにかく謝ればいいというものでもなく、補償をすればいいというものでもない。
「戦争を繰り返さないためにどうすればいいか」いくら反省しても、考えても、「これで充分」ということはありえない。たぶん答えなんてない。
かといって、”負けたこと”を反省して「次は勝ちます、なにとぞご加護を」というのであれば、そんな人間はそうはいないと信じているが、反省なんかいっそしない方がマシだ。
・・・などと。
偉そうなことをつらつらと書いてきたが、オレの頭にはそんなに立派な思想があるわけでも、崇高な祈りがあるわけでもない。
ただ、あの「くしゃっ」「ぴゅー」が、脳裏から離れてくれないだけだ。