怪物の真価を見た

本日は、東京体育館でボクシング三大世界タイトルマッチがあり、帝拳ホルヘ・リナレスは順当なノックアウト勝ちでWBCライト級王座を獲得して三階級制覇、大橋ジムの八重樫東はメキシコのペドロ・ゲバラにKO負けして惜しくも三階級制覇はならず(たぶんフィニッシュの左ボディで肋骨にヒビぐらい入ってると思う)。前座の村田諒太は可もなく不可もない判定勝ち、というところでしたが、メインエベントの井上尚弥vsオマール・ナルバエス戦で、とんでもないことが起こりました。


 ボクシングトリプル世界戦のメーンイベントして行われたWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチでは、挑戦者で同級6位の井上尚弥(21)=大橋=が衝撃の2回3分1秒KOで王者のオマール・ナルバエス(39)=アルゼンチン=を破り、世界最短となる8戦目での2階級制覇を達成した。ナルバエスは12度目の防衛に失敗。

 4月に日本最短の世界王座奪取となるデビュー6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を獲得した井上は9月に初防衛に成功後、王座を返上。フライ級を飛ばしてスーパーフライ級での2階級制覇を狙った。

 試合はいきなり動く。開始早々仕掛けた井上がサウスポーのナルバエスに右ストレートを当てて25秒で先制のダウンを奪う。続いて左フックで2度目のダウン。2002年からWBO世界フライ級王座を防衛16度、10年からスーパーフライ級で11度の防衛に成功してきた名王者を一気に追い込む。

 2回、反撃に出るナルバエスに左フックをカウンターで決めてこの試合3度目のダウン。終了間際に左ボディーで王者を沈めた。

 衝撃の2階級制覇に新王者は「うれしいです。減量から解放されていつもの自分の姿を見せられたと思います」と喜びを語った。今後については「どんな挑戦者でも受けていきたい」と力強く宣言した。

 井上の戦績は8戦8勝(7KO)。初のKO負けを喫したナルバエスは47戦43勝(23KO)2敗2分け。

オマール・ナルバエスは12年間にわたり世界王座に君臨してきた名チャンピオンで、これまでのキャリアでは2011年にノニト・ドネアに敗れたのが唯一の黒星という、歴史的強豪。39歳という年齢(ワスと同い年)から衰えを心配する人もいると思いますが、ここ1年で3試合の防衛戦を全勝、うち2KOしているので、まだまだ力を保っています。


ところか、今日の試合では井上が開始30秒、遠距離からいきなり右オーバーハンドの大きなパンチをヒットさせ、この一撃でナルバエスをグラつかせます。追い打ちの右はガードの上でしたが、それでダウンさせてしまいました。最強のハードパンチャーであるノニト・ドネアとの試合でもダウンしなかったナルバエスが、わずか30秒で仰向けにぶっ倒れたわけですから、テレビの解説者をつとめた香川照之も絶句、テレビで見ていたワスも思わず「えぇっ!?」という声が漏れました。
あとの試合展開はニュース記事のとおりです。とくにすごかったのが2ラウンドに出たカウンターの左フック。抜群のスピードとタイミングで、あのパンチが撃てるなら誰とやっても負けないでしょう。とどめの左ボディは画竜点睛というところでした。


井上は、ライトフライ級の王座を獲得したアドリアンエルナンデス戦でも圧勝していましたが、あのときは相手のコンディションがずいぶん悪かったので、まだ真価は見せていないなと思いました。初防衛戦でも、サマートレック・ゴーキャットジムをKOはしましたが試合後半になると動きが鈍るなど、減量苦を感じさせる局面もありました。


ところが、今日の試合では開始からいきなり強烈なパワーを発揮。パンチの重さとキレ、フットワークの軽やかさ、どれをとってもライトフライ級時代とは比べものになりません。全身から精気がほとばしるようなすさまじさで、これが、今までは減量苦で発揮できていなかった、井上の真の実力なのかと思いましたね。


ワスも今まで長いことボクシングを見てきて、日本人ボクサーでも思い出に残るチャンピオンを何人も見てきました。ワスの世代だと、ビッグマウスと破天荒なファイトでファンを魅了した「浪花のジョー」辰吉丈一郎、「アンタッチャブル」と称される芸術的ディフェンス技術を持った川島郭志、抜群のコンビネーションとタイミングを誇った畑山隆則、超高速の連打と絶妙のカウンターを得意とした長谷川穂積、「スピードキング」から「モンスターレフト」へと異名を変えていった日本人初の名誉王者、西岡利晃といった人々が印象的です。
現役なら、一撃必殺のコークスクリュー「神の左」を武器にKOの山を築く山中慎介、抜群のフィジカルで敵を寄せ付けない「KOダイナマイト」内山高志などが思い浮かぶところです。一時は名チャンピオンになるかと思われた井岡一翔は、初敗戦で大失速しておおいに評価を下げましたので、この列には並べないことにします。


しかし、今日の試合で井上尚弥が見せた強さは、今までの王者たちが見せたどの試合よりも力強い、と断言できますね。このコンディションが維持できるなら、あと10年は王座に君臨できる、と言っていいでしょう。八重樫の敗北は残念なところですが、今日はとにかく井上の成長を祝福することにします。