1ポンドの福音

体重別のスポーツには減量苦がつきものですが、中でもその過酷さで知られているのが、プロボクシングです。試合のたびに10kg単位の減量をするボクサーは少なくありませんし、ファイティング原田は20kgもの減量をしていたといいます。水を飲むことも厳しく制限され、ジムの水道はシャワーに至るまでまですべて蛇口を針金で縛っていたというエピソードは、『あしたのジョー』における力石徹のモデルになっているのでご存じの方も多いと思います。


力石徹は、階級を考慮していなかったちばてつやが、主人公のジョーより大柄に描いてしまったため、その整合性のために過酷な減量を強いられ、結果として死に追いやられた人物でした。
その後、ジョーも体格が成長して、東洋太平洋タイトル戦では減量に苦しみ、対戦相手の金竜飛からガッツリ説教されるという展開は皆さんご存知の通りです。つーか試合前の選手どうしを2人で会わせるなよ!

この試合では、過度の減量によりジョーが命を落とすことを危惧した丹下段平が、ジムの体重計に細工をしたため、ジョーは試合前の計量で2ポンドも超過してしまいます。このためジョーは怒り狂って段平に暴行を加え、段平の顔面に血が流れるのを見た金はショックで錯乱するという、試合の開催どころではないズンドコ状態になるのでありました。
ここで段平は、相手サイドに対し妥協案として

  • ノンタイトル戦への変更
  • 違約金の支払い
  • グローブの大きさによるハンデをつけての試合開催

を打診します。結果として、ジョーが下剤を飲んで高温サウナに閉じこもるという暴挙でむりやり2ポンド減らしたため、この案は採用されなかったのですが、段平の出した案はそれなりに妥当な、リアリティのあるものだったといえるでしょう。


減量の苦手なボクサーというと、高橋留美子が『1ポンドの福音』で描いた主人公の畑中耕作を思い浮かべる向きもあるでしょう。

1ポンドの福音 4 (ヤングサンデーコミックス)

1ポンドの福音 4 (ヤングサンデーコミックス)

才能はあるものの根性がなく、減量が下手なためコンディショニングができない(おまけに女好きでもある)耕作は、ストイックな主人公が多いボクシング漫画では異色でありました。


実際のボクシングでも、減量の苦手な人はいますし、不透明な進行によりズンドコになってしまった試合もあります。

  • Diego Corrales vs Jose Luis Castillo ― May 7, 2005 [Full Fight]


1973年生まれのメキシコ人ボクサー、ホセ・ルイス・カスティージョは、2000年代中盤にライト級世界王者として一世を風靡しました。手数が多く粘り強いファイトが持ち味で、とくにお互いの頭が付くぐらいのインファイトでは無類の強さを発揮したものです。


2005年の5月には、自らが持つWBC王座を賭け、WBO王者ディエゴ・コラレスとの統一戦に臨みます。互いにアグレッシヴなインファイターどうしとあって、試合は序盤から激しい打ち合いとなりました。そして10ラウンドになると、カスティージョの強烈な左フックを受けたコラレスは2度にわたってダウンを喫します。レフェリーストップが妥当かと思われるほど深刻なダメージでしたが、レフェリーは続行を指示。コラレスはここで2度とも、故意にマウスピースを吐き出すという遅延行為によりダメージ回復の時間を稼ぎ、攻め疲れの見えたカスティージョに捨て身の反撃を加えます。コラレスの強烈なパンチを受けたカスティージョがロープにもたれたところで、レフェリーは試合をストップしました。この試合はボクシング専門誌でベストバウト・オブ・ザ・イヤーにも選ばれましたが、この幕切れは不公正だと論争を呼びました。


そしておよそ半年後の10月、ダイレクトリマッチが開催されたのですが、カスティージョは減量に失敗し、最初の計量で2ポンド超過します。このときは、70分後の再計量では3.2ポンドオーバー、再々計量では3.5ポンドオーバー、と計るたびに増えているという体たらくで、最初から減らすつもりがなかったのではないかとまで言われたほどです。

  • Jose Luis Castillo vs Diego Corrales 2


試合はノンタイトル戦として開催され、カスティージョが4ラウンドにコラレスをノックアウトして勝利しますが、体重で大幅に上回っていたため、アンフェアだという批判が、今度はカスティージョに浴びせられることになります。



そして翌2006年の6月、ラバーマッチが開催される運びとなったのですが、なんとカスティージョは計量で5ポンドも超過。ひとつ上のスーパーライト級でもリミットいっぱいの数値で、これはもう最初から減量する気がなかったとしか思えませんでした。コラレス側は当然激怒し、試合はキャンセルとなったのでありました。カスティージョに課せられた違約金は30万ドルともいわれています。



カスティージョはこの不祥事のあとスーパーライト級に転向しましたが、当時最強を誇っていたイギリスのリッキー・ハットンになすすべもなくノックアウトされ、メジャーの一線から退く結果となります。いっぽう、ライバルだったコラレスは、2007年5月に飲酒運転のバイクで事故を起こし、帰らぬ人となってしまいました。



そんな、殴り合いの向こうから垣間見える人生の機微に思いを馳せつつ、このニュースを見てみましょう。


<ボクシング>亀田大毅の統一戦 権威を失墜させた不手際 (THE PAGE) - Yahoo!ニュース <ボクシング>亀田大毅の統一戦 権威を失墜させた不手際 (THE PAGE) - Yahoo!ニュース
IBFスーパーフライ級王者の亀田二郎(あの兄弟にはいちいち名前を覚える価値なんてないので、うちのブログでは一郎、二郎、三郎と呼ぶ)が、WBA王者のリボリオ・ソリスと統一戦に臨んだのですが、ソリスは前日計量で1.4キロも超過してしまい、王座をはく奪されます。
このため、試合前には「二郎が勝ったら王座統一」「二郎が負けたら両王座とも空位」「ドローなら二郎のみ王座保持」と、IBF立会人が発表していたのですが、いざ試合が行われると、二郎は例によってロクにパンチを打とうとせず、ただ前に歩いてときどきクリンチするといういつも通りの展開になります。並の相手ならこれでポイントを大量奪取できる亀田ですが、王座をはく奪されたソリスはヤケクソでブックを無視したのか、強打を連発して二郎の歩行を止めることもしばしばでした。試合が終わって判定となれば、先日の一郎の試合に続いてまた集計に時間がかかり、リングアナが読むのを躊躇したものの、なんと誰もが予想だにしなかった二郎の判定負けが発表されたのであります。
これにはさすがにぼくも驚きましたが(判定自体は順当だが、亀田の試合で順当な判定が下ることは通常ありえない)、三兄弟の中ではヨゴレ役を引き受けることの多い二郎ですので、こうやって世の批判を少しでも軽減しようという狙いがあるんだろうな、と読んだんです。


ところが、試合後になるとIBF立会人が「勝敗に関わらず二郎が王座にとどまる。敗戦も防衛記録に含める」と発表したので、これには開いた口がふさがりませんでした。「昨日の説明と違うやないか!」というツッコミには「記憶にございません」と返したのだから、さらにすごい。ロッキードじゃないんだから。

いちおうIBFのルールブックには、相手が失格した場合は負けても王座を失わない、と規定されているようですが、じゃあ昨日の説明はなんだったんだ。TBSもそれを信じて番組中で連呼してたのに、亀田サイドは事前にちゃんと「王座は失わない」と知っていたというんだから、これは重大な背信行為と違いますか?


たぶんですけどね、ぼく思うんですよ。ほら、こないだ一郎が韓国のホテル宴会場でやった試合も大ズンドコだったじゃないですか。TBSはきっと、もう亀田家をちゃんとしたチャンピオンとして扱うのをやめて、これからは炎上マーケティングの道具として使うんじゃないですかね。こんなズンドコ興行、わざとじゃなくちゃできないですよ。TBSには井岡一翔もいることだし、まともなボクシングはこちらに任せて、亀田にはズンドコ・エンターテインメント路線を突き進んでもらうんだとしたら、実力的にもふさわしいと思いますね!


11月10日には、両国国技館帝拳ジムwowowの興行があり、山中慎介粟生隆寛ホルヘ・リナレスローマン・ゴンサレスが揃ってノックアウト勝ちを収めました。そして昨日は亀田ジム・TBSの興行でトリプル世界戦があり、高山勝成と亀田三郎は判定勝ちでしたが、二郎は負け防衛という離れ業で無敵ぶりを内外にアピールしました。興行の成功度でいえば比べものになりませんが、まぁ炎上マーケティングだからこれでいいんでしょう。


あさっての12月6日には、両国国技館八重樫東の世界タイトル防衛戦、村田諒太のプロ第2戦、井上尚弥東洋太平洋王者決定戦が開催されます。八重樫の相手は強豪エドガル・ソーサとあって、苦しい戦いが予想されますが(オレの予想では7−3でソーサ優勢)、八重樫は相手が強いほうが持ち味を発揮できるタイプのボクサーですので、健闘に期待したいです。村田や井上は、ここでつまづくようでは先に繋がらないので、キッチリ結果を出してほしい。


こんなに連日、ビッグマッチが放送されるんだから、今って本当は日本ボクシング黄金時代なのかもしれませんが、釈然としないものが残るなぁ。