ダンスはうまく踊れない

産経新聞は、「なんでこんなコラムをわざわざ載せるのかなぁ」という、ツッコミどころしかないコラムをしばしば載せることで有名ですが、また香ばしいのが出てきまして。


http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/111212/wlf11121216210006-n1.htm

【からだ こころ いのち】再生の時代 幼児体型の大人が増加

 現代の20代、30代の人たちには、より上の世代にはごく少ない独特の体型が増えているという確かな印象を、私はもっている。それは「幼児体型」と言えるものだ。

 男性の場合、大人の男の精悍(せいかん)さがなく、ぷよっとしてしまりの乏しい体型である。女性の場合、色気があまり感じられずバストやウエストなどの凹凸も少ない。肌の艶もあまりよくなく、いわゆる「恋をすると女性は綺麗になる」の逆の状態だ。男女とも、顔つきが子供っぽく、大人の顔に刻まれる個性が薄い。

 人の体型にはさまざまなタイプがある。逆三角形、筋骨隆々、直線的、丸みを帯びた、などで、これらは生涯にわたるその人の個性だが、ここでいう幼児体型はそれとは異なる。卒業すべき体型を、大人になっても持ち続けている不自然さがある。

 身体への並はずれて微細な観察をおこなった整体指導者の野口晴哉(はるちか)氏は、男女の性的身体の発達の、腰椎(ようつい)を中心に起きる現象を詳細に捉えている。5つの腰椎は子どもではほとんどカーブがない直線を描くが、思春期を通じて腰椎3番が一番中に入る形で大きくカーブを描くように変化する。

 現実の異性に働きかける行動やセックスの能力には、腰椎のその発達が必要だという。幼児体型の人は確かに腰椎のカーブが浅く、腰椎3番が中にぐっと入っていないために、腰の重心が高い腰高に見える。

 面白いと思うのだが、腰高の人が増えているこの年代の人たち自身、たとえば男性がカジュアルなズボンの中にTシャツの裾を入れたりする、腰高に見える着方をするのを、よく忌避して笑い物にする。ズボンをずり下げてはく若者の「腰高が格好悪い」という漠然とした感覚は、性的身体の発達に対する人々の直感的把握を示していると思う。だが本当に問題にすべきなのは、服の着方ではなく腰椎の形状のもたらす腰高なのだ。

 数年前「電車男」が映画化、ドラマ化された時に、オタク青年を演じた山田孝之伊藤淳史が、オタクらしい服装をしたが決して本当のオタクには見えなかったのは、彼らが幼児体型ではないからだった。

 性的身体の発達の要である腰椎の発達は、アニメやゲームの二次元世界ではなく、自分自身が関わる現実として異性を意識して行動することで促され、その結果、腰椎が発達すると、さらに異性を意識した行動が高度にできるようになる。思春期や20代に二次元世界に惑溺することは、身体に取り返すことが難しい影響を残すと言える。性的に未発達な身体の増加を、社会は真剣に問題にすべきではないか。(明治大学文学部准教授 平山満紀

統計的データを示さず「確かな印象を持っている」というで出し、野口整体を持ち出して「腰椎に原因がある」と言い出す論理の飛躍、アニメやゲームを悪役にする俗流若者論、文学部の准教授なのに人体構造に口を出す専門外発言、どれをとってもトンデモの典型です。このリクツで本を一冊書いてくれませんかね。『歯は中枢だった!』以来の傑作トンデモ本になりそうなんだけどなぁ。

歯は中枢だった―歯は更なる能力を拓く鍵

歯は中枢だった―歯は更なる能力を拓く鍵

この平山という准教授(まき、と読む女性である)はどんな活動をしているのかというと、「社会学的身体論」として、こんなテーマを持っているとのこと。


http://www.hirayama-body.com/my-interests/study-of-body_1.shtml

IT化と身体の変容

Windous95が急激に普及し、プレステ2がブレイクした90年代半ば以降、日本人の身体が大きく変質してきたと私は見ています。

たとえば、ゲームのキャラクターのような汗や匂いや汚れのない身体に、生身の身体を近づけたいという感覚が生まれて、ボディケア用品の売り上げが急上昇し、ドラッグストアのチェーン店が街のあちこちに開店しました。情報の奔流は、食べることへの感覚をも変えています。特定の食品が「○○に効く」「□□にいい」という情報がTVで流されると、翌日にはその商品がスーパーの店頭から消えるなど、人々が、何を食べるかを、「おいしそう」「おいしい!」という身体感覚で選ぶのではなく、頭にいれた情報で選ぶようになってきました。サプリメントの売り上げも90年代半ばから急増しています。


ITで駆使するための、目の疲れ、神経の疲れも深刻です。それが大きな原因の、睡眠異常を訴える人も増えています。目や神経の疲れが慢性化して、生殖力の低下も起きているようです。


身体は本来は、自分がそのとき最も栄養的に必要な食べ物を、「おいしそう」「おいしい!」という感覚でわかる、絶妙なしくみをもっているのです。身体はどんな化学物質の助けなしでも、汚れを排出して浄化する力をもっていますし、自己調整や自己治癒をたえずおこなっています。深く眠り、生殖をして、喜んで生きるものです。


IT化とともに起きている身体の変容を、具体的、実証的にとらえること。そこで生じている偏り・鈍り・無理を克服する、IT時代の新しい身体文化を見出したり作り出したりすること。それが私の身体論の大きなテーマです。

「IT化と身体の変容」なんていわれるとウィリアム・ギブスンデイヴィッド・クローネンバーグかといったサイバーパンクヴィデオドロームな話かと思いますが、そんなかっこいい話ではありませんね。特定の食品が体にいいといってブームになる、なんてのはもっと昔からよくある話で、70年代には、紅茶キノコなどという気味の悪い食物も「おいしそう」という感覚とはかけ離れたところでブームになったでしょう。「身体が本来持っている力」なんてのも耳がカリフラワー状になるぐらい聞かされる言葉ですが、パソコンが普及しただけでダメになるんだったらそんなのは屁のつっぱりにもならんです。


http://www.hirayama-body.com/my-interests/study-of-body_2.shtml

新しい身体文化の創生

IT化にともない、身体の遣い方はここ10数年で大きく変わり、それにより、ボディ・バランスを崩す人が少なくありません。本来は身体は非常に柔軟なもので、人類は農業化にも工業化にも身体のあり方を変化させて適応してきました。ただ今度の情報化は急速なので、身体の柔軟性を発揮させるには手助けがいると思います。どのように身体を遣うのが時代に適しているのか、身体の潜在力を最大に生かせるのか、美しく、創造的で、楽しいのか。多面から検討しながら、身体文化を見出したり創り出したりしたいと思います。江戸川大学の身体論コースをそのような活動の拠点にします。

愉気を生活のなかに

私たちは「痛いところに思わず手を当てる」という身体の能力があって、知らずに発揮しています。また敏感な人なら、「他の人の痛いところにも手がいってしまう」ことも珍しくありません。この身体に根ざす能力を十全に発揮すれば、私たちの日々体験する、ちょっとした心身の不調に適切に対処できます。プロの整体師たちは薬も機械も使わずに、殆どの心身の不調に対応できていますが、ちょっとした不調くらいならプロでなくても、自分自身や友人、家族同士で十分解消できるのです。目の疲れ、神経過敏、肝臓の疲れ、捻挫、痔、過呼吸などのとき、身近な人同士で手を当てて解消するのは、すばらしいことではないでしょうか。身近な人への信頼感も育てられますし、医者任せにしない自立心や自信も強まります。不調への対処を通じて、自分の身体をよりよく知ることもできます。今の日本人が苦手な、身体コミュニケーションも上手になります。野口整体の「愉気法」の実習、実践を重ねることで、愉気という文化を広めています。

ダンス

ダンス、舞踊は音楽とともに古く、言葉よりもよく自分を表現することも多いです。人々が一つになるために踊りますし、ダンスに夢中になれば一晩中踊っても、疲れることもないどころか、心身の悪いところはひとりでに治ってしまいます。以前『完全自殺マニュアル』という本を書いた方も、ダンスを知って「死なないで生きよう」と変わったそうです。ダンスは男として女としての身体を育てます。ダンスでは身体コミュニケーションができます。ダンスはそれ自体本当に楽しいものです。でも今の日本では、誰もが共通に踊れるダンスがありません。年代や階層や性別でダンスのジャンルが分かれていますし、ダンス人口は多くありません。そんななか、できるだけみんなが踊れる、しかも奥深くて喜び多いダンスを、盛んにしていこうとしています。私はいくつかのダンスの授業を担当し、ダンスサークルの顧問や指導をしています。

大学生への性教育

「中年童貞」「中年処女」ということばが話題になっています。当人達は結局はそうであることを喜んでいないと言っていいようです。一方、大学生でも、ゲームや映像でない生身の人間に性的に反応しにくい人、身体コミュニケーション力が非常に貧しい人、劣等感が強くて恋愛や性行動に到れないような人を数多くみかけます。ある時から私は、こういう若い人を放っておいて、大人の男、大人の女に育つための手助けをしないのは、上の年代の者としての責任放棄ではないかと思うようになりました。20歳前後で、大学教育として許される枠内において、身体コミュニケーションなどの実習と、生物学に偏らない人間の性の文化の知識を教えることで、「40歳童貞・・」への道を避けることができるのではないでしょうか。ちなみに私のこのような授業は、大学生からは非常によい反響をもらっています。

コミュニケーションを変え、コミュニティを変える

今の日本は、コミュニケーションの危機にあると思います。閉鎖的な村や、終身雇用の会社では通用した「以心伝心」のコミュニケーションが、社会がボーダーレスになると使えません。かといって日本人は、はっきり自己主張をすることにも慣れていません。「いいたいことが言えない」「言っても通じない」「その場で言わないで蔭で言う人がいる」「身勝手なクレームばかり言われる」「勝手に仕切られる」など、さまざまなコミュニティも、コミュニケーションのことで問題を抱えてしまっているところが多いようです。こういう過渡期的な状況では、異なった背景の初対面の人とのコミュニケーションに慣れること、「以心伝心」と「はっきりした自己主張」の両方に自覚的に習熟すること、コミュニケーションによってどの個人の意見も超えた価値のあるものが生まれるのを体験することが大事だと思います。学生主催の、学内、学外の人が集まって表現やコミュニケーションを楽しむ場などを、応援しています。

完全自殺マニュアル』の鶴見済の場合、ダンス以外にもいろいろ知ったものがあると思いますけどね。

危ない薬

危ない薬

手かざし療法を受け入れてしまうあたりも、この人が科学というものにまったく無頓着だということを如実に示しています。ダンスに夢中になれば一晩中踊っても疲れないどころか心身の悪いところもひとりでに治ってしまう、というあたりも無茶苦茶にもほどがあります。深く眠るのが必要なんじゃなかったのかよ!


この人の発言や取り組みを要約すると、

  • 今の若者はゲームやアニメに性的欲望を抱き、現実の異性に反応しないため、腰椎が未発達で幼児体型になる
  • そのため、ダンスで腰椎とコミュニケーション能力を鍛え、40歳童貞を発生させないようにする

そんな簡単にいくもんかい。だいたい、おたくとダンスって最も相性の悪い組み合わせでしょ。学校のフォークダンスにトラウマのあるおたくは少なくないはずだし、そういう文化からはじき出された人たちが結果としておたくになるんじゃないですか。それに40歳童貞で何がいかんの。この人は「日本人の性の文化は貧困になった」とも言っていますが、性の文化とは何も男女の営みには限りません。
オナニーの技術

オナニーの技術

40歳で童貞であっても、豊かな性の満足を得られる文化こそが、成熟した性の文化だとはいえないのか! と声を大にして言いたい。あと、身体によるコミュニケーションを鍛えるのであれば、ダンスよりは格闘技の方が有効だと思いますね。相手と自分の体の状態を把握し、瞬間瞬間で最も有効な動きを選択していく作業は、範馬勇次郎も言うように至上のコミュニケーションですからね。柔道の金メダリストなんか、現実の異性に働きかける力が強すぎて逮捕されましたからね! やはり精神的なものを鍛え、国体を復活させる方が先ですよね