洗脳の楽園
というわけで『八日目の蝉』ですけども。
- 『八日目の蝉』予告編
中絶手術のため子どもを産めない身体になった野々宮希和子(永作博美)は、不倫相手・秋山の家から赤ん坊を誘拐して四年にわたって育て、逃亡先の小豆島で逮捕されます。
それから十数年後、希和子に育てられた恵理菜(井上真央)は実の両親とうまくいかないまま大学生になり、やはり妻子ある男と交際して妊娠します。そんな彼女のもとにルポライターの千草(小池栄子)が現れ、あの事件について聞かせてくれと迫る……というあらすじはみなさんご存知かと思います。
希和子の逃亡を手助けするのも、恵理菜の決断を応援するのもみんな女性ばかりで、男はみんなロクデナシばかり。男性不信のフェミニズム映画だ、という見方もありますが、それは原作からしてそういうテイストになっているので(文庫解説では池澤夏樹がそう指摘している)忠実な映像化だといえるでしょう。
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原作では過去パートと現在パートは分かれていて時系列どおりに進みますが、映画版では過去パートと現在パートが交互に進んでゆき、恵理菜の視点から過去を振り返るような構成になっています。
この作品(原作も)にはモチーフになった事件があって、1993年に起こった日野OL不倫放火殺人事件がそれです。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/hino-ol.htm
その時、殺しの手が動く―引き寄せた災、必然の9事件 (新潮文庫)
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この事件では、不倫相手の子を二度も中絶した女が、妻からの嫌がらせに逆上し、相手の自宅にガソリンをまいて放火、6歳と1歳の幼児を殺害して無期懲役の判決を受けています。結果こそ大きく異なっていますが、事件に至る経緯、決定的な一言を「相手の被害妄想」と弁解する妻など、細部に至るまでぴったり符号しています。事件当初は「泣いている子どもにガソリンをかけて焼き殺した鬼女」みたいに(事実とは異なる)報じられていましたが、被害者夫婦の行状が明らかになるにつれそちらへ世間の好奇心が移ってゆき、加害者に同情する声が上がるようになっていったのも、作品と事実に共通しています。
ですが、小説と映画で違う点もあります。
原作の小説では、希和子が赤ん坊を誘拐した直後に原因不明の出火を起こし、家が全焼しています。これも希和子の放火ではないかという疑いがかけられるのですが、映画では火事は発生していません。
また、希和子が逃亡中に身を寄せる「エンジェルホーム」は、映画では修道院のように描かれていますが、原作における描写を見ると、明らかにヤマギシ会をモチーフにしています。
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原作にあったアクチュアルな部分をぼかし、文句の来そうなところをより穏健に改めるドラマとしてよりシンプルにそぎ落とすことが、映画化にあたって必要だったんでしょうね。希和子が行った育児は実は洗脳にほかならない、という母性の暗黒面をより鮮明にするためには、エンジェルホームの洗脳性をもっと描いてほしかったんですけど。まぁあんまり実在の事件に題材を取りすぎると園子温監督になっちゃいますからね。
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火事を省略した効果はもうひとつあって、秋山家の前にある坂道が三度にわたって出てくることになります。
- 希和子が赤ん坊をさらって逃げる場面(下り)
- 連れ戻された恵理菜が、希和子と暮らした小豆島に帰りたいと逃げ出す場面(下り)
- 成長した恵理菜が、妊娠したことを両親に告げるため帰る場面(上り)
帰る場面だけ、恵理菜の進む方向が逆になっており、彼女の内面的変化を動きによって表しているわけですね。これは映画でなくてはできない表現です。言葉と映像という表現形式の違いを上手く演出に生かした場面だと思いました。
ただ、うまくいっている場面ばかりではありません。希和子が名古屋のラブホテルに宿をとり、泣き止まない赤ん坊に出るはずもない乳房を含ませる場面があります。ここで希和子は、乳児の母親らしく見せるため胸に詰めていた布を外します。ここは、子どもの産めない女の悲哀を描くのにとても効果的な演出(原作にはない)でしたが、永作博美の乳房を露出させないためか、ものすごく不自然な動きになっていました。それに、恵理菜が小豆島へ渡ってからの場面も原作にはなく、ちょっとノスタルジアへの偏りが出た部分だと感じました。
あと、関西や小豆島で育った薫(恵理菜)の言葉がなまるのは当たり前ですが、なぜか永作博美まで一緒になまるのはどうかと思いました。
しかし、それらを補って余りあるのが、小池栄子の怪演です。
小池栄子が演じる千草は、実はエンジェルホーム出身であり、女性だけのカルト集団で育ったため男性と付き合ったことがないという設定です。その役柄を、フェロモンの塊みたいな小池栄子が演じると聞いたときには「無理ありすぎるだろそれ」と思いました。『極道の妻たち』第一作では、当時29歳のかたせ梨乃がものすごくケバいメイクで「うちは生娘や」というセリフがあって思わずズッこけましたが、小池栄子も同じようになるんではないか、と。
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ところが、ふたを開けてみればこれが見事に色気ゼロ。やや猫背の姿勢と服の着こなしによって巨乳も完全にカモフラージュされ、妙になれなれしいくせに常にキョドっており、全身から喪女のオーラをかもし出しています。いや巨乳の喪女だって世間にはいますけどね。
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小池栄子といえば、常にその過剰な肉体性が演技の根底にある女優でしたが、今作ではその肉体性を絶妙に消して新境地を開拓しています。ドリュー・バリモアとかクリスティーナ・リッチみたいに減乳手術を受けたのかと疑うレベルです。着痩せってできるもんなんですねぇ。大きすぎる胸にコンプレックスをお持ちの女性は、ぜひ映画を観て参考にしてください。