地獄突きがゆく! ザ・ブッチャー

はてな匿名ダイアリーでは、恋愛や結婚、差別などにまつわるプライベートなお話が(真偽はともかく)よく投稿されて話題になりますが、いま話題になっているのはこちら。


http://anond.hatelabo.jp/20100904050444

「肉屋、鞄屋の人とは結婚して欲しくない」

自慢の母だったんです。
父は私が幼い頃病死。そこから女手ひとつで育ててくれた。
1人でお店をはじめ成功させた。「みんな店長の人柄に魅かれてこのお店に集まってくるのよ」とお客さんにも褒められた。
60代後半に見えないくらい若いし、同年代の人と比べても柔軟な頭を持ってる方だと思ってた。
だから、その分ショックが大きかった。
「肉屋と鞄屋の人とは結婚して欲しくないなあ。
そういう人たちは昔「えったもん」と言われててね。
そんな人達と結婚したらあなた自身だけでなく子供、孫までかわいそう…」
買い物帰りの車中の会話。
今時こんな時代錯誤な思考をする人がいるとは
しかもそれが自分の親。尊敬していた私の母。
結婚をする予定は今のところ全然ないしお肉屋さんや鞄屋さんの知り合いもいない。
なんとなく世間話ついでにポロっと喋った程度の会話。
その場では「その考えあんまり好きじゃない…」と濁らせたが、いつかハッキリとそういう差別はして欲しくないと言おうと思っていた。

そして、元増田氏は差別の実例を挙げてお母さんを説得しようとするものの、話し合いは平行線となり、激昂してお茶をぶっかけてしまい、反省するという。まぁそんなエントリです。


書き出しは宇能鴻一郎を思わせるセンスですが、お母さんにお茶をぶっかけるときのやりとりは、

わたしとあなたは別個の人間。他人の思考を変えようなんて傲慢!

元増田

だからその思考は間違ってるんだっっっ!!!!!!

という、富野由悠季ふうのセリフ回しになっています。アムロとシャアが取っ組み合いしながら言ってるみたい。

まぁこのエントリが事実か創作かはともかくとして、現代における部落差別の典型例がここで描かれていますね。


自分は差別主義ではないが、被差別者と関わると苦労するから、交際には反対だ


という。いまどき「わたしは差別主義者だ」と自称するのはよほどの変人しかいないでしょうが、このように差別をアウトソーシングするのが現代のスタンダードとなっています。最近は「太宰メソッド」という言い方もありますね。

太宰メソッドとは - はてなキーワード



んで、差別にまつわる話が話題になると、必ず「差別心を持った人を差別する奴らこそ差別主義者だ」という反応が沸いてくるのですが、そういう人には言ってやればいいんですよ。


「これは差別じゃない、正当な区別だ」
っていう、あの子たちの決まり文句をね。



んで。


元増田のお母さんは「肉屋と鞄屋」とは結婚してほしくない、と言っていますが、これらの言葉はメディアでは「好ましくない表現」とされています。


精肉や皮革がケガレに関わる仕事だから、というわけではなく、そもそも「○○屋」という言葉自体が、サービス業や商店など日銭の入る仕事に対する軽蔑的ニュアンスを持っている、ということになっているんですね。

最近は倉田真由美だめんず夫として有名な叶井俊太郎が、かつてアルバトロスフィルムで『肉屋』というセクシー映画を配給したことがありました。
肉屋 [DVD]

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この映画はシルバー層を中心にヒットし、テレビ朝日のいまはなき「トゥナイト2」で取り上げられることになったのですが、土壇場になって「『肉屋』という表現はダメです」とクレームが入り、原題の『ザ・ブッチャー』として紹介されたそうです。
ブッチャー 幸福な流血―アブドーラ・ザ・ブッチャー自伝

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それじゃアブドーラ・ザ・ブッチャーの伝記映画みたいですね。ぜんぜん宣伝にならない。


同じテレビ朝日でも、別の番組では『肉屋』でOKだったり、スポーツ新聞で広告を打ったときも『肉屋』はダメなところもあったり、そのくせ記事では『肉屋』でOKだったりして、担当者によってこの辺の基準はあいまいなようです。


その二年後には、『郵便屋』というティント・ブラス監督のセクシー映画も、アルバトロスで配給されます。

郵便屋【ノーカット完全版】 [DVD]

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このときも、映倫では『郵便屋』で通ったものの、某スポーツ紙では「さん付けで『郵便屋さん』にしてくれ」と言ってきたとか。
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そんな、「さんを付けろよデコ助野郎」って『AKIRA』の金田じゃないんだから。


ちなみに、「カバン屋」と言った場合、バッグ職人を指すことより、パチンコの裏ロムを売り歩く人とか、裏本裏ビデオの卸売り業者とか、詐欺に使う書類の偽造屋とか、そういう違法商品をカバンに入れて売り歩く業者を指すことが多いと思われます。
[rakuten:es-toys:10258070:detail]


また、「カバン屋」という言葉はメディア上で好ましくない表現とされますが、雁屋哲の『野望の王国』では、「カバン乞食」というそれどころでないヤバ表現が出てきます。

野望の王国完全版 4 (ニチブンコミックス)

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右翼の大物・小田の腹心の部下である南なる人物が登場するのですが、この人のことをよく思っていない愛犬家ヤクザの疋矢は、イタリア製のカバンを自慢げに持ち歩く南のことを「カバン乞食」と憎憎しげに言い放ちます。

一個三百万円のカバンを「無茶苦茶や」というこの組長も、一頭の犬に何百万も出そうという犬マニア(初版では「犬キチガイ」であった)なのだから人のことは言えない気がしないでもないですが、そんなことをいちいち問題にしていてはこの漫画は読めません。由起二賢はいま「別冊漫画ゴラク」にセルフパロディ作品『野望の憂国』を連載していますが、これはもう本格的にどうしようもなくしょうもない漫画なので、心の広い方だけ読めばいいと思います。


http://www.nihonbungeisha.co.jp/goraku/betugora/


元増田のお母さんも、「別冊漫画ゴラク」を読めるぐらいの心の広さを持ってもらいたいですね。来月からは、いまやネットスラングとして定着した「こまけぇこたぁいいんだよ!」の元ネタでもある『マーダーライセンス牙ブラックエンジェルズ』の続編『ザ・松田』も始まることですし。