ヘッド・ハンター
最近なぜか読んでいる本。
- 作者: 大薮春彦
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2001/10
- メディア: 文庫
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その傾向を突き詰めたのがこの『ヘッド・ハンター』で、主人公はローデシア(現ジンバブエ)でならした傭兵あがり*1のハンター、杉田淳。彼がアラスカや南ニュージーランドの険しい山中でキャンプを張り、レコード・ブックに載るに値する獲物(主に、角が発達した鹿など)を狩る。ただひたすらその狩りを描写し続けるというスゴい小説です。
主人公の行動にとくに意味はなく(何のためにレコード・クラスの獲物だけを狙っているのか、という背景などは潔いほどに一切ない)ただひたすら大物を狙うという単純なモチベーションで狩りを続けています。
で、そのいでたちの描写がスゴく、
撥水処理をしたフィルスンのウール・ホイップコード・バックパッカー・パンツをはいている
エディ・バウアーのグースダウン・トレイル・シャツの軽いジャケットとハンターズ・ダウン・ヴェスト――コスト高のために現在はいずれも製造中止になっているため、アンカレッジの質屋で買ったものだ――の下の、ブラウンのペンドルトン・ウール・ウェスターン・シャツの左胸ポケットのパール・スナップ・ボタンを外し、ウィンストンのソフト・パックとコーグランの防水防風マッチを取り出した。
要約すると
防水ズボンをはいている
ジャケットとベストの下の、シャツの胸ポケットからタバコとマッチを取り出した。
これだけで終わってしまうのですが、ここでブランドを列挙するあたりが「オトナのおとぎ話」と言われた大藪小説のキモなわけで。ディテールへのこだわりが持ち味になるんですが、ぼくはアウトドアにまったく疎いので、この辺はチンプンカンプンになってしまいます。
杉田が馬に乗る場面の描写はさらにスゴいことになっていて、
杉田は先頭の栗毛の馬を曳いていたロープを輪状に丸めて鞍につけた。鞍の腹帯をしっかりと締め直し、栗毛の馬の左側のアブミの吊り革を半ひねりする。アブミは、乗馬専用のものでなく、ヴァイブラム・ソールと二重革のあいだにネオブレーンをはさんだレッドウィング・インシュレーテッド・ハンティング・ブーツ用に幅広のものをつけている。
たぶん、ゴッツイ靴でも入るように幅広のアブミをつけている、という意味なんだと思いますが、さっぱりわかりません。
んで、この人が雪山に何日もこもって何をしているのかというと。
- 鹿や熊などテキトーな獲物を撃って、皮を剥ぎ、肉を干したり、内臓を抜いたり、脂を採ったりして食べられるようにする(これで一日かかる)
- ダッチ・オーヴンでパンを焼き、肝臓や心臓のステーキ、塩茹でした舌などをオカズにして食べる
- スパイク・テントのなかでアブラッシヴ・ウールの下着一枚になり、グースダウン・スリーピング・バッグに潜り込んで眠る
- 大物を探す
- レコード・クラスの角を持った大物を見つけ、撃つ
- 獲物の死体と記念撮影
- 獲物の皮を剥ぎ、角のついた頭骨を苛性ソーダ入りの熱湯で煮て肉を落とす(これだけでまた一日つぶれる)
- スリーピング・バッグに潜り込んで眠る
- 鹿を見るとソーセージが食いたくなり、三頭を撃ち、内臓を取り出し、肉をひき肉にして腸に詰め、茹でて、50キロのソーセージを作る(これまた一日がかりの仕事である)
- ソーセージを食い、また大物を見つけ、撃ち、記念撮影して皮を剥ぐ(もちろん一日がかりの仕事である)
- ダッチ・オーヴンで焼いたパンと、熊の脂で揚げたソーセージで食事をとり、スリーピング・バッグに潜り込んで眠る
こんな感じで、「獲物を探し、撃つ」「解体する」「食べて寝る」をひたすら繰り返します。ストーリーらしきものが全く見当たりません。
さすがにこれではマズいと思ったのか、途中で、獲物を横取りしようとする密猟者軍団と戦闘になったり、キャンプの前に遊んだコール・ガールからうつされたインフルエンザで40度の高熱を出して生死の境をさまよったりと起伏をつけてはいますが、そもそも主人公の行動にまったく意味はないので、これらもいまいちストーリー的な盛り上がりに欠けます。
んで、なんとかストーリーを盛り上げようと思ったのか、ラストになるといきなり、密猟者軍団がなぜか密造していたプルトニウム原子爆弾*2というストーリー的に魅力あるアイテムが出てきますが、杉田はそんなものには興味がなく、彼らに盗まれた巨大な水牛の角を奪い返すことしか考えていないのでありました。
- 出版社/メーカー: ショウゲート
- 発売日: 2006/06/23
- メディア: DVD
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この本のあとがきで、作者の大藪春彦は
多くの読者から見れば、杉田淳は正気と狂気の境いをさまよっているように見えることであろう。
と書いてますが、境いどころか完全にイッちゃってるとしか思えませんでした。
それにしてもスゴい小説だった、『ヘッド・ハンター』。