でも、やるんだよ
今から4年ちょっと前の話である。
- 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
- 発売日: 2006/08/25
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この映画のパンフレットで町山氏は、テリー・ジョージ監督がなぜドン・チードルという地味な俳優を主役にしたか、について書いている。チードルが演じた主人公のモデルであるポール・ルセサバギナ氏は、たくましく押し出しの強いヒーロータイプの男性で、チードルとは似ても似つかない。しかしジョージ監督は、観客にこの虐殺を遠い国の他人事と思わせないため、あえて平凡な人物に見えるチードルをキャスティングしたのである。
そして町山氏は、パンフの文章をこう締めくくっている。
ポールを観客に近い人物として描くことで、『ホテル・ルワンダ』は「彼だって戦えたのだからあなたにもできるはず」と、観客を励ますと共に、逃げ場をなくす厳しい映画になった。ポール・ルセサバギナ氏は『ホテル・ルワンダ』の米版DVD収録のコメントでこう問いかけている。
「ルワンダと同じような状況になったとき、あなたは隣人を守れますか?」
ビシッと決まった締めくくりだ。日本人に身近な問題として引き寄せるのに、これ以上に的確な例はない。
しかし、信じがたいことだがこの文章に噛み付く人が少なからず存在した。そもそも朝鮮人虐殺がウソである、と言い張る低劣きわまりない人間もいれば、ルワンダ紛争と関東大震災は違うからたとえに使うのは不適切だ、という人もいた。また、知っての通り町山氏のお父さんは韓国人であるため、「韓国の血を引く人がこの例を挙げると、日本人を貶めたいとする意図があるのではないかと痛くもない腹を探られることになりますよ」などと親切ごかして差別心をアウトソーシングする輩もいたものである。日本人が被害にあった虐殺事件を引き合いに出し、「こちらを挙げないと名誉日本人として扱ってやらないよ」みたいなことを書いたエントリもいくつか目にしたが、これはまったく意味がない。この作品が描いているのは、加害者側に属する人間がそれでも暴力に加担しないことであるのに、そこで日本人が被害に遭った事例を挙げるのでは正反対だ。
それらの反発に対し、町山氏は今でも語り継がれる名エントリを書き上げた。
「わかってもらえるさ」RCサクセション - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
いくら言葉を尽くしても理解を拒絶する人たちに、それでも語りかける決意を「でも、やるんだよ」という力強い言葉で表したこのエントリは大きな反響を呼び、パンフをめぐる騒動は概ね収束に向かうことになる。それでも「いや、やはり日本人は違うのだ」と強弁する者も幾人かあったが、ほとんどそれらに耳を傾ける人はいなかった。
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あれから4年以上が経った。その間にブロゴスフィアも様変わりし、ネトウヨはめっきり元気がなくなった。ネットには新たなコミュニケーションツールも生まれた。
ここ数日のホットなニュースといえば、宮崎県で拡大している口蹄疫の問題だ。対策は難航し、10万頭以上の牛や豚が殺処分される事態になっている。この家畜感染症をめぐっては、政府や県、知事の対応やマスコミの報道について様々な意見が出ている。とくにネットでは多い。このところデマ拡散装置として注目を浴びることが多くなったtwitterでは、こんなことを言う人も出た。
拡散御願いします。 今僕の住んでる宮崎県で口蹄疫が問題になっています。報道はされてないですが、先日一番最初に口蹄疫が発生した農家の方が自殺されました。周りからの圧力に負けたそうです。しかしその方には何の責任もないのです。全てその農家に韓国の方々が来たのが全てのはじまりでした。
matsudatsumugu
2010-05-19 21:54:20
これを書き込んだ人物は、そのわずか二時間後にはすでにtwitterアカウントを削除しているため、真意を問うことはできないが、韓国への悪意の他に何も感じられないつぶやきである。だいたい、その情報を拡散させて何になるというのか。宮崎の農家を救済するのにも、感染拡大を防ぐのにもまったくつながらない。ただ単に「日本人は悪くない、韓国のせいだ」と言っているだけである。
このつぶやきは、別の人物によってさらに拡散させられている。
http://twitter.com/mk00350/status/14300839015
報道はされてないですが、先日一番最初に口蹄疫が発生した農家の方が自殺されました。周りからの圧力に負けたそうです。しかしその方には何の責任もないのです。全てその農家に韓国の方々が来たのが全てのはじまりでした。 デマではありません。御葬式も実際に行われました。
こちらのつぶやきも、100人以上によってリツイートされ、拡散されている。その全てが賛同してのものではないだろうが、こんな内容を信じたい人間が少なからずいることは確かだ。
混乱時には、どさくさ紛れに悪意あるデマを流す人間が現れる。その根底にあるのは、異質なものへの恐怖だ。いつの時代でも、どこの国でも、変わることはない。
関東大震災から87年が経った。町山氏の「でも、やるんだよ」からも4年が経った。それでもこの有様だ。人間の(日本人に限ったことではない)本質は、100年や200年で変わるものではない。
ぼくは評論家でも作家でもない、ただのおちゃらけブロガーである。ぼくがこんなことを書いたところで、元の書き込みをした自称愛国者には何も通じないだろう。
だからといって、無視する気にはなれない。せめて、ネットにバカなことを書いたらツッコミを浴びるという雰囲気ぐらいは作っておきたいのだ。