禁則事項です

今ひとたびの戦後日本映画 (岩波現代文庫)

今ひとたびの戦後日本映画 (岩波現代文庫)

本日は、山形市川本三郎先生の「小説家になろう講座」を受講してまいりました。


川本先生は、自ら「善意の評論家」と名乗られるだけあって、受講生のテキストについて、良い所をほめるやり方で評されていました。ぼくなんかは自分に自信がないので、他人のアラばっかり探してしまいますからね。少しは見習いたいものです。



川本先生は、「禁止事項を作ることが大事だ」とおっしゃっています。朝比奈みくるじゃないけど、そうやって自らを律することが、文章を形作るために必要なんですね。


実際に川本先生が心がけているのは、

  • 流行語を使わない

風俗上のはやり言葉だけでなく、知的流行語のたぐいもできるだけ避けること。「トポス」「アジール」「映画的快楽」などなど。

  • 「男の美学」「独断と偏見」「生きざま」「ど真ん中」「癒し」など、絶対に使わない

これらは使いやすいのでぼくもつい使ってしまいますが(とくに、川本先生がお好きな西部劇などの映画を評するのに、とても便利な言葉である)こういう紋切り型は避けないといけませんね。まぁ長州力について語るうえで「ど真ん中」を使うのは仕方ないとしても。

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)

プロレス「地獄変」 (別冊宝島 1630 ノンフィクション)


また、川本先生は70年代半ばから文筆活動をされていますが、そのころから「主語に”僕”を使わない」と決めておられるそうです。


”僕”を使うと文章が軽くなり、甘えが出るような気がしてのことだそうですが、80年代に入ると村上春樹の影響もあって”僕”を使う人が増えました。それでも川本先生は”私”という一人称を使い続けました。


”僕”だと「○○しちゃった」という軽い文章が書けますが、”私”ではそれはできません。その不自由さが大事に思えた、とのことです。


そのうち、日本語の特性からいって主語を省略しても文章は成立するので、”私”も取り去ってすっきりした文章を書くようにされました。ぼくなんかは、ブログではいつも”ぼく”という一人称をつらつらと使ってしまいますので、少しはすっきりした文章を書けるようになりたいですね。