ハカタ車の謎

長篇ミステリには死体が絶対に必要である、といったのはヴァン・ダインでしたが、古典ミステリにおいて死体の登場は前半部のクライマックスといえる見せ場であります。


『僧正殺人事件』や『ポケットにライ麦を』などに代表される「見立て」も魅力的ですが、「隠された死体が意外な場所から出てくる」というのも実に味わい深いものがあります。


たとえば横溝正史の『蝶々殺人事件』では、公演直前に失踪したオペラ歌手の原さくらが、楽団が使うコントラバスケースの中から死体となって出てくるという場面があります。

横溝正史自選集〈1〉本陣殺人事件/蝶々殺人事件

横溝正史自選集〈1〉本陣殺人事件/蝶々殺人事件

この小説は、クロフツの『樽』から大きな影響を受けているといわれますが、死体が登場する場面の鮮烈さでは正史に軍配が上がるでしょう。


また、死体の登場とストーリー展開の巧みな結びつきが印象的だったのが、エラリー・クイーンの『ギリシア棺の謎』でした。

ギリシア棺の謎 (創元推理文庫 104-8)

ギリシア棺の謎 (創元推理文庫 104-8)

この小説では、

  • 大富豪が病死し、葬儀をすませ埋葬される
  • 金庫にしまっていたはずの遺言状が無くなる
  • 家捜ししても見つからず、家から出た人間は厳重なボディチェックを受けているので持ち出した人間もいない
  • 名探偵エラリーは「この家から出た者で、ボディチェックを受けていないのは死んだ大富豪だけ」と推理
  • かくして墓が掘り返され、棺が開けられる
  • そこには遺言状はなく、かわりにもう一人の見知らぬ男の他殺体が!

という、名探偵のウラをかく展開がありました。


その後もエラリーは何度も犯人に先んじられ、苦杯をなめるのですが最終的にはさらにそのウラをかいて事件を解決します。


これらの名作にくらべ、現実の事件のなんとみみっちく味気ないことよ。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090629/crm0906291316016-n1.htm

トランクの男性遺体は自殺か

 福岡市早良区の空き地に止まっていた乗用車のトランクから28日夜に見つかった男性の遺体は、福岡県警の調べで29日、同市出身で住所、職業不詳、馬場博志さん(34)と判明した。現場に争った形跡がなく、首にひもが巻かれていたことから県警は自殺の可能性があるとみて調べている。

 県警によると、遺体に目立った外傷はなく、車内に争った形跡もなかった。車の所有者も馬場さんと判明した。

 現場近くに住む女性によると、車は約1カ月前から現場に止められていたという。

車のトランクから死体、なんてのは意外性もなければ想像力を刺激する何ものもありません。ましてや、それを自殺と判断するというのは、捜査がめんどくさかったんじゃないかと思わされてしまいます。


まぁ、最近は足利事件の影響もあって冤罪だなんだと世間がやかましいですから、ヘタに捜査して問題になるよりは真犯人を野に放ったほうがマシだ、という高度な政治的判断なのかもしれませんけどね。

虚罪―ドキュメント志布志事件

虚罪―ドキュメント志布志事件


そういえば、これも古典ミステリで、警官が死体を見つけるんだけど交代時間直前でめんどくさかったので隣の通りまで持ってって隠しちゃう、というのがあったと思うんですが今ちょっと作者もタイトルも思い出せないでいます。どなたか心当たりのある方は教えてください。