はてな虎眼ダイアリー:先生が亡くなった……だけど悲しくない

先生が亡くなった……だけど悲しくない

虎眼先生が無明逆流れで亡くなってから二月ほど経った。

しかし実はそれほど悲しくないのである。



本当にこれっぽっちも悲しくないかというとそれは嘘になる。

でも悲しいという気持ちよりも「解放された」という気持ちの方が強い。



決して仲が悪かったわけではなく、むしろ良かった方だ。

先生と一緒に兄弟子に会えば、先生が「出来ておる喃」と言っているということをからかわれた。



確かに自分で望んで弟子入りしたわけではない。「この童、いらぬなら貰うぞ」みたいなことを言われ、しょうがなく弟子入りしたのだ。

それでも、自分なりに先生を満足させようと頑張った。

一緒に色々な所に出かけた。たまには二輪だってした。

自分の学問時間を減らして、趣味の時間も取らず、いっぱい稽古をした。

先生の曖昧を解消するために自分の行動に制限をつけた。

先生はそれなりに曖昧生活に満足していたと思う。



自分がそれだけやれるぐらいの先生だったのに、先生が亡くなった今、自分はそれほど悲しくない。どういうことなのだろう。

その理由は自分が先生を正常な人間として信頼できなかったからなのではないか、というのがこの数日考えた結論だ。



先生は「間合いに入ったもの全てを斬る」ことを好んでいた。

弟子入りした当初、自分は先生のことを兄弟子達と同じような関係つまり正常な関係として扱った。

先生はそれが気にくわず「いく、いくぅ」と失禁した。

自分はそれに面食らいながらも、そういうものなのかと自分にできる限り先生を守るように行動してきた。



その結果、先生は自分に取っての保護対象になってしまったのである。

実際先生は、家の中では赤ん坊同然の状態だった。

家に帰ればボリッボリッと生きたまま鯉をかじっていて、牛股師範代の「ごゆるりと…」の言葉を待つだけ。

「種、種ぇ」といつも口にしていて、検校に謁見をすればへへぇと幸せそうな顔なり、夜は獣のごとくうつぶせにならないと寝られなかった。

道場を開く前は、江戸に武者修行に出れば柳生宗矩に嵌められて「はかった喃」「はかってくれた喃」と無念の涙を流して過ごした(らしい)。

これまでのむーざんむーざんにしたって完全に牛股師範代主体だった。



最初はそうじゃなかったのだが、先生の嫉妬心とやらを満たすように行動していたら、どんどんエスカレートしていって、そうなっていた。

多分、正常じゃない剣鬼というのは、最終的にそういうことになってしまうのだろう。



保護対象ということは、その人のことを師匠として本当の意味で信頼することができなくなるというなんじゃないだろうか。

師匠としての信頼がないから、本来なら人生の師匠のはずの虎眼先生の死に際しても、悲しくない。

赤ん坊同然だった先生なのに本当に子供に対するものと同じ愛情を感じられるわけでもなかったから、子供の死の悲しみすら感じない。



自分には同門の親友が何人かいるが、彼らのことは本当に信頼している。うち一人は虎子の間から「広うなり申したな…」と言ってやってきた。

彼らが死んだら多分自分は「まこと広うなり申した」と言うだろうと想像しただけで思う。

それは彼らが自分と対等な関係をずっと築いてきたからなんじゃないだろうか。

自分に「面倒を見てもらいたい」先生はそうはならなかった。



入門する流派を間違えたのだろうか?対等な関係を築けて本当に信頼できる師匠に弟子入りするべきだった?

でも例えば信頼している濃尾三天狗に対しては畏敬の念などまったく起きない。秘奥義伝授なんて本当に笑ってしまいそうだ。だからその道場主に弟子入りなんて無理。

他に探すにしても先生ほど信頼できる剣鬼なんてそうそう登場するものではない。



結局、対等な人間でなければ本当に信頼することができない自分は、武士には向いていなかったということなのだろう。

先生の死に際してもさほど悲しくないなんて、10年無意味なことをしてきたものだ。



仇討ち相手を抱えてはいるが、三十俵二人扶持もらっており男女二人がどうにか食べていける捨て扶持だ。

自分もかなり時間の自由がきく仕事をしている。

剣技だって、正常な時には天下無双だった先生のおかげで磨きがかかって今や客観的に見ても非常に高いレベルに達している。

むしろ曖昧だった先生の分、家事は楽になるだろう。

結婚にしても、孕石備前守様の許しはいただいたからとりあえず山は越した(三重さまの精神的なケアは別として)。



自分はもう弟子入りはしなくてもいいや、と本当に思う。

願わくは、先生が、先生が望んだとおり「う、うま、うまれたぁ」と本当に幸せだったと感じていたことを。


※元ネタ:妻が亡くなった……だけど悲しくない


藤木源之助が、牛股師範の慟哭を耳にしてはじめて涙を流したように、この人もきっと何かのきっかけで悲しみが押し寄せてくると思います。それまでは、今の気持ちも否定することなく受け止めてほしいですね。

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