天国いきのスローボート

それにしても、東山彰良先生の『路傍』が面白すぎて。
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船橋に住む28歳の「俺」と相棒の喜彦は、学もカネも定職もない、憎みきれないろくでなし。

日雇いの現場仕事や違法ペットショップの手伝いで日銭を稼ぎ、酔っ払いから財布をくすねてはソープに通う(しかも、どの店に行っても同じ女が出てくる)彼らを主人公とする連作短編集です。


裏取引されるドラッグを横取りするもののバイアグラだったり、AV男優のバイトを持ちかけられるもののアッー!だったり、カルト宗教のテロに利用されそうになったり、という珍騒動の数々を、しびれるような名文句を散りばめた一人称で描いており、これがもう使いたくなるフレーズばっかりでたまらんのですよ。

人生はタクシーにすわっているようなもので、ぜんぜん進まなくたって金だけはかかる。ただじっとすわっているだけで、一分一秒ごとにメーターはどんどん跳ね上がっていく。三十歳が近づいてきたら、カチ、カチ、カチ、という音がはっきり聞こえるようになる。けっきょくは金だ。

神にすがりつくやつにはわかっていることと、わかってないことがある。
わかっているのは、世の中にコケにされていること。わかってないのは、神にもコケにされていること。

「愛してるって言ったくせに!」
「愛は最高のものじゃねぇってことに気がついたんだ」喜彦が肩越しに言う。「実は二番目ですらないぜ、シュガー」

「愛の意味も知らないなんて、かわいそうな男!」
「愛の意味を知らない男よりかわいそうな人間がいるとすれば」喜彦は肩をすくめた。「それは愛の意味を知ってると思い込んでる売女だけだぜ」

こういう文体って、ライトノベルなんかでもよく使われてる(典型的なのが『涼宮ハルヒ』シリーズ)ものなんですけど、もとはといえばこういうハードボイルドの手法なんですよね。


オランウータンや毒蛇が出てくるあたりは古典ミステリファン向けのクスグリとも思えるし、途中からヒロインに昇格するソープ嬢の花もたまらなく可愛いし、楽しみが多い作品です。

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

結婚式をすっぽかされた花が、吹き矢で喜彦を狙うストーカーになるあたりは、『ブルース・ブラザース』のキャリー・フィッシャーを思わせるものがなくもないですね。東山先生ご本人は、ぜんぜん意識してなかったそうですけどね。