みちのく怪談シンポジウム<震災怪談>
本日は、仙台市の静かな住宅地である、清水沼の公民館で開催された「みちのく怪談シンポジウム」に出席してまいりました。
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怪談の定番として「タクシーに乗る幽霊」ってのがありますね。深夜にタクシーを呼び止める客があり、目的地まで行くと消えている、そしてシートがぐっしょり濡れていた、というやつ。あれ、どうして濡れるのかわかりますか。タクシーの幽霊話ってのは、日本にタクシーが普及しはじめた大正時代からあるんですが、はじめのころは座席が濡れるというオチはなかったんです。そのころ話されていたバージョンだと、若い女を乗せて自宅まで届ける、「お金を取ってきます」と客は家に入っていくが出てこない、困った運転手が家の玄関を叩くと、父親が出てきて「それは亡くなった娘に違いない、今日は命日でした」と告げるというオチだったんです。ちなみにこれと同じ話は、今でもアメリカでは語り継がれています。
「シートが濡れる」というオチが生まれたのは、昭和30年ごろのことです。その元になったのは、昭和29年の洞爺丸沈没事故だったようですね。青函連絡船が台風で沈没して、1000人以上が亡くなったという日本海運史上最大の惨事です。あの事故の後、函館で「全身ずぶ濡れの女性がタクシーから消えて、シートに水たまりができていた」という怪談が話されるようになったんです。それが全国に伝わり、今では事故との関係はほとんど忘れられていますが、シートが濡れるというオチだけが残っているというわけです。消えるヒッチハイカー―都市の想像力のアメリカ (ブルンヴァンの「都市伝説」コレクション)
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水と怪異は相性がいい、ということを踏まえまして、わたくしのお話に入ります。
わたくしワッシュは子どもの頃から髪の毛が薄く、20代に入るころには新しい毛がまったく生えてこなくなったんです。なので20代前半の頃に頭を剃りまして、それ以来ずっとスキンヘッドで過ごしております。そのせいで、ちょくちょく「お坊さんですか?」なんて聞かれるんですね。こんな俗人なんですけどね。
去年の七夕祭りの日のことです。その日、わたくしは古い友だちと仙台の繁華街に繰り出しまして、にぎやかな街でしたたかに痛飲いたしました。
その友だちと別れて、帰りに仙台駅までタクシーに乗ったんです。
その運転手さんがね、わたくしの風体を見て「和尚さんですか?」と言うんですよ。
年の頃なら60がらみぐらいだったでしょうか、いかにも篤実そうな運転手さんでした。ここで「違います」と言うのもせっかくの興を削ぐと思ったので、わたくし「和尚だなんてとんでもない。まだ修行中の身です」なんて、まぁいいかげんなことを言っちゃったんですね。そうしたらね、運転手さんが訥々と語り始めたんですよ。
わたしも長いことこの辺でタクシーやってますけどね、お化けを乗せたなんて話はそんなに珍しくもないんです。でもね、やっぱり震災のころからぐっと増えてるんですすよ。
夜中に、仙台の東の方を流してますとね、なんとなく影の薄い感じの若い女の人が、手を上げて呼び止めるんですよ。嫌な予感がするんだけど、こっちも仕事だから乗せないわけにもいかんでしょ。それで、乗せると「荒浜まで」っていうんですよ。荒浜なんて、もうほとんど誰も住んでないし何も残ってないでしょ。だからわたしも、
お客さん、あそこはもう何もないですよ、そう言って振り返るんです。そうすると、誰もいないんですよね。
ああやっぱり、そう思うんですけど、不思議と怖さは感じないんです。怖いというより、とにかく悲しいんですよ。
こういうときはね、誰も乗ってないけど「乗車中」にして、言われたところまで行くんですよ。きっと帰りたいでしょうからね……。
ああ、いい話だなあ。そう思いましたね。東北の人はね、亡くなった人のことをずっと身近に感じていたいものなんです。東北では、この世とあの世ってそんなに遠くないんですよ。そういう感覚が非常によく表れたエピソードだと思いましたね。
それからしばらくして、わたくし、名取市にちょっと用がありまして、名取駅からタクシーに乗ったんですよ。
そうしたらね、運転手さんが言うんです。
お客さん、最近この辺で夜中にお客を乗せるとね、「閖上まで」っていうんですよ。あそこにはもう何もないよ、そう言って振り向くと誰もいないんです。そういうときはね、閖上まで行くんですよ。きっと帰りたいでしょうからね。
そりゃわたくしも大人ですからね、その話はもう聞いたよとか言うほど野暮じゃありませんわね。さも初めて聞いたみたいな顔をして、「いい話ですねえ」とか言って相槌を打ったんです。
そしてこれは最近のことですが、わたくし、亘理町のほうで用事がありまして、亘理駅からタクシーに乗ったんです。
そうしたら運転手さんが言うんですよ。最近この辺でお客さんを乗せると「鳥の海まで」っていうんです、ってね。
どうやら、被災地のタクシー業界では、みんなこの話をするように決まってるみたいです。