真冬の暗黒

東京の人は知らないことだが、東北は実に貧しい土地である。土壌はやせて気候は寒冷であり、作物は育たない。それでも中央政府は容赦なく租税を取り立て、圧政を敷く。救世を求めての直訴を企てたものは一族郎党まで牢獄に入れられ、早朝から深夜まで、炊いたご飯を棒でつぶしてきりたんぽにする重労働を強いられている。人心は荒廃し、詩歌や歌舞音曲を楽しむ余裕もなく、わずかな玄米と味噌だけでかろうじて生命をつないでいる者が大半である。白河の関を越えて関東へ出ようとする者は後を絶たないが、悪魔のごとき奸智に長けた代官によってその目論見はことごとく阻止され、捕らわれとなった人々は早朝から深夜まで、枝豆をすり鉢ですりつぶしてずんだ餅を作る重労働を課されているのである。この、北の人々の深い嘆きを、都の人々は知らない。

(イメージ映像)


そんな、現代の植民地たる東北地方を象徴するようなニュースを紹介しよう。


まずは仙台から。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130216-OYT1T01068.htm

国家公務員のチョコ盗んだ44歳「ほしかった」

 宮城県警仙台東署は16日、自称仙台市の無職男(44)を窃盗の疑いで現行犯逮捕した。


 発表によると、容疑者は同日午前2時40分頃、同市宮城野区、国家公務員の男性(31)のアパート敷地内で、男性が自転車のハンドルにかけていた、バレンタインチョコレートなどが入った紙袋(計約550円相当)を盗んだ疑い。男性が容疑者を追いかけ、取り押さえた。容疑者は「チョコレートがほしかった」などと供述しているという。

(2013年2月18日07時53分 読売新聞)

東京の人は、これを単なるもてない男の哀しさと捉えているようだが、東北の現実はそんなに甘くないのである。
東北地方では砂糖がそもそも貴重品であり、ましてやチョコレートなどという贅沢品は庶民の口には入らない。特権階級だけが入場を許される闇のマーケットにて、東京から密輸されたわずかな量が、法外な値で取引されるのみである。550円というのは東京の商店で売られる値段であり、仙台の闇市場では5万円から10万円の値がつくことも珍しくない。これは、東北地方の一般市民の平均月収の3ヶ月から半年分に匹敵する価格である。盗まれたのが国家公務員である、というところがこのニュースの肝だ。東北地方では、お上の役人でもなければ、チョコレートなどとても手に入らないのである。ちなみに自転車も、東北地方では高級品であり、役人ぐらいしか乗ることはできない。


また、岩手県ではこんなニュースが伝えられた。
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20130218ddlk03040007000c.html

窃盗未遂:蘇民祭会場で男衆の下着を 容疑の男逮捕 /岩手

 蘇民祭に男衆として参加した男性の下着を盗もうとしたとして、水沢署は17日、宮城県大和町吉岡、無職、宍戸次夫容疑者(72)を窃盗未遂容疑で現行犯逮捕した。同署によると、宍戸容疑者は「(男性の)パンツが欲しかった」と容疑を認めているという。

 逮捕容疑は同日午前4時35分ごろ、奥州市水沢区の黒石寺の蘇民祭会場内にある待機所で、同市胆沢区の地方公務員の男性(33)の下着や衣類などが入ったリュックサックを盗もうとしたとされる。

 同署によると、待機所は参加者の着替えや荷物の置き場になっていた。半裸の男性たちの中で、服を着たままの宍戸容疑者が荷物に手をかけているのを男性の知人が目撃し、取り押さえた。宍戸容疑者は近年は毎年のように、祭りを見に来ていたという。

 同署は「蘇民祭での下着泥棒はこれまで聞いたことがない」と話している。【安藤いく子】

東京の人は、これを単なる変態老人の変質的行為と捉えているようだが、東北の現実はそんなに甘くないのである。
東北地方では繊維工業が発達していない。東北は寒冷のため綿花の栽培には適さず、牧畜の習慣がないため羊毛もとれない。東京で作られた化学繊維も、ほとんどは白河の関で没収されるため、繊維といえばわずかな麻か絹に限られ、必然的に服飾品は高価で貴重なものとなる。とくに下着は贅沢品であり、庶民の手には入らない。東京では1枚数百円で買える男性用パンツも、奥州の闇市場では1万円を超える。これは東北地方の一般市民の月収に匹敵する。
こちらでも、盗まれそうになった被害者が公務員であることに注目したい。貧しい東北地方では、男性用パンツなどというものは役人でもなければ手に入らないのである。


今回の、この2つの事件は、単に欲得による犯罪でもなければ、変態性欲の発露でもない。持たざる貧民がお上に対して起こした絶望的な反乱であり、ごく小規模な一揆といっても過言ではないのである。だが彼らの叛逆行為はあっけなく鎮圧された。おそらく彼らには、魚のすり身を笹の形に成型し続ける重労働や、東京から来た賓客にわんこそばをよそい続ける重労働が待っていることであろう。東北の夜明けはまだまだ遠いのであった。