世界最強の格闘技・殺人空手

それにしても、「スポーツ映画ベストテン」でgryphonさんが教えてくれた『世界最強の格闘技・殺人空手』が面白すぎて、いちど紹介しただけでは飽き足らず、またコレだけで一本エントリを立ててしまいました。

東映志穂美悦子の『女必殺拳』や千葉真一の『けんか空手 極真拳』などを手がけている山口和彦監督が、1976年に撮った空手モンド映画梶原一騎の三協映画が、大山倍達極真カラテを題材に立てた『地上最強のカラテ』に対抗する形で作られたのでしょう。大塚剛という空手家が九州で興行を打っていた九州プロ空手を題材にした作品です。


映画はまず、ハブを食い殺すマングースや飛び跳ねる軍鶏、サファリパークで元気よく走るライオンやトラの姿をカットインさせて野性をアピールしつつ、阿蘇山の火口付近(たぶん)をランニングする男たちの集団の映像から始まります。彼らこそ、寸止め空手に飽き足らず地上最強を夢見て大塚のもとに集ったプロ空手! 菊池俊輔による軽快にして悲壮なBGMをバックに、東映独特の赤いやさぐれ文字でタイトルが表れます。


画面は大塚のトレーニング風景に変わり、目隠しをして大根の先につけられた鈴を切り落としたり、砂浜でジープと綱引きをする大塚の勇姿が現れます。『カランバ』に七年も先駆けています。腕がちぎれる代わりにロープが切れたところで、修行の舞台はのどかな草原に変わります。牧場にも見えます。そこに黒っぽい豚が現れました。ナレーターは「野生の獰猛なイノブタである」と紹介しますが野生のイノブタっているんでしょうか。ともかく、大塚は裂帛の気合を込めながら豚の脳天にチョップやパンチを打ち込みます。ブキー、ブキーと悲しげな声をあげ、逃げようとする豚を大塚は必死に追いかけ、攻撃を繰り返します。ぜんぜん効いてそうに見えませんが、そのうちに豚は地面に横たわります。どうみても麻酔注射をしてるとしか思えませんが、とにかく倒れた豚に、大塚は刃物を突き刺します。ナレーターの「大塚のとどめの一撃で、イノブタは息絶えた…」という声をバックに、豚の体からどばどばと血が流れます。どう見ても空手じゃなくて屠殺です。今だったら動物愛護団体から抗議がくることは確実、いや、1976年でもかなり厳しいところですが、おそらくは「スタッフがおいしく頂きました」という『食人族』のカメ解体理論を適用するんだろうと思います。豚の肉付きはほどよく、なかなかおいしそうです。


次いで、選手へのインタビューや試合の映像が流れます。試合では、キックやチョップが当たるたびに「ビシィッ!」「バシィッ!」と効果音が入ります。『仮面ライダー』と似たようなものです。


いきなりサファリパークのサイが走る姿がカットインしたかと思うと、今度は坊主頭の巨漢、バッファロー弁慶(安田大サーカスのクロちゃんにそっくり)のトレーニング風景です。試合用の黒い道着を着て、砂浜のようなところをランニングしていると、ナレーターが「弁慶が何かを発見した!」と言い出します。とてもれっきとした社会人の行動を形容する言い方ではありません。発見したのはマムシです。ふつう、マムシは山奥にいると思うんですが、とにかく蛇が砂浜をしゅるしゅると這っています。見たところマムシではなく無毒のシマヘビのようですが、とにかく弁慶はそれを捕まえると、いきなりかぶりつきます。「猛毒を持ったマムシは弁慶の好物なのだ」とナレーターは紹介し、なかなか死なない蛇を弁慶はビタン! ビタン! と砂浜にたたきつけ、皮をはいで血を吸います。生の蛇には寄生虫サルモネラ菌がいて危険ですが、なにしろ常人離れしたプロ空手の選手です。


続いて現れるのが、その弁慶と戦う、紅孝司。彼は普段は肉屋の店員をしていますが、昼休みになると彼のトレーニングが始まります。赤い道着を着て、売り物の枝肉に攻撃を加えます。『ロッキー』の名シーンにインスパイアされたのだと思われますが、こちらは空手なので、貫き手で肉をむしります。売り物の肉が台無しです。手が脂でぬるっぬるになります。しかし、次の場面では近代的なトレーニングジムに舞台が移り、この映画で初めてまともなトレーニング風景が見られます。でも近代トレーニングは数秒で終わり、嵐五郎選手が町の酒場でストリート・ファイトを繰り広げる映像に切り替わります。数人相手に立ち回りを演じますが、警察が来ることも、会長から謹慎を申し渡されることもなく、嵐は試合に出ます。しかし負けて病院送りになります。肋骨が三本も折れていますが、プロ空手の選手たちはアバラが折れれば折れるほど強くなると信じているので問題はありません。コミッションドクターも、「大丈夫、死にやせん」と太鼓判を捺します。「選手をカタワにしないように注意しています」とさりげなく放送禁止用語を挿入してくるあたりも抜かりがありません。

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舞台はまたのどかな草原や山中に移り、裸の上半身を木の棒で叩いたり(というか触ったり)、樹に逆さづりになって腹筋をしたり、人間サンドバッグになったりします。『仁義なき戦い・広島死闘篇』の川谷拓三のようです。

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稽古は道場でも繰り広げられます。型稽古は意外としっかりした動きで、板割りもこなします。しかし、大塚は「動かない板や瓦を割るのはたやすい。動く相手を倒すのがプロ空手だ! こんなもんはいらん!」と投げ捨てます。だったら最初からやらせんなよ! と誰もが思うところですがそんな細かいことはいいんです。


「格闘技に精神論は不要」と語る大塚剛は、海辺での組み手や滝行もあくまで精神ではなく肉体の鍛錬と称します。滝に打たれるときは、門下生がみんな上半身裸なのに、大塚ひとりだけがいかす網Tシャツを着用しています。かの大神源太を彷彿とさせます。しかし、精神論を否定してるのになぜか刀鍛冶のところに行くなど矛盾した行動のすえ、さらなる強敵を求める大塚は東南アジアへ旅立ちます。ここでもうドキュメンタリーであることを放棄し、普通のアクション映画に変わります。


まず香港に着いた大塚は、黒い道着に革のベスト、首に巨大な数珠をぶら下げるといういかすファッションで、「道風山」なる場所を訪れます。道風山師が開いたカンフーの一派の総本山であり、初めてカメラが入るという触れ込みですが、どう見ても観光地です。ここで棒術の達人である二代目道風山師と戦いますが、彼はカメラ目線で現れます。ちなみにこの道風山、検索してみたら実在することはしていますがキリスト教寺院でした。


香港に次いでマレーシアに飛んだ大塚は、ここで「シラリンチャン」なるマレーシアに伝わる格闘技の道場を訪れます。おそらくシラットのことだと思われますが、ジミー・ウォングの映画に出てくるムエタイ使いみたいな衣装の人たちが、ワイクーの音をバックに演武を繰り広げます。それを大塚は、香港と同じ数珠をぶら下げたいでたちのまま、ずっと座って大人しく見学しています。『片腕ドラゴン』でも『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』でもそうですが、ワイクーの音が流れると映画が間延びするという法則はここでも生きています。

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大神源太に大きな影響を与えたと思われる網Tシャツ姿で、脇固めを極め(それ空手じゃないよ!)シラリンチャンの達人も退けた(なぜか錫の採掘場で戦う。バトルステージの選定に東映特撮らしさ炸裂)大塚は、例の、格ゲーのキャラデザに大きな影響を与えていると思われるいかすファッションのまま、今度はネパールに飛びます。いやタイに行けよ、と言いたくなるところですがとにかくネパールで、この映画はクライマックスを迎えます。


グルカ兵のふるさとで、世界最強の武闘集団「グルキッシュ」を追い求める大塚ですが、その全貌がつかめず苛立ち、街を歩いている女も子どももみんなグルキッシュに見えてきます。オレの中のDr.林が「まさかとは思いますが」と言い出す直前のタイミングで、大塚は街中で空手のデモンストレーションを行い、グルキッシュを挑発します。すると、怪しい男が明らかにカメラを意識しながら現れ、刃のついてないグルカナイフで襲い掛かります、大塚はこれを撃破し「なぜ俺を尾ける」と日本語で詰問します。もちろん通じません。次は三匹の「獰猛なネパール犬」(首輪つき)が襲い掛かってきます。うなり声をアフレコで追加してありますがあきらかに人に懐いています。それを大塚は投げ飛ばしたり脳天を一撃したりして(画面に映らない)撃退します。グルキッシュに命を狙われていることが明らかになった大塚は、通りすがりの人に教えてもらったグルキッシュの総本山である寺院に乗り込み、ついにグルキッシュ最強の男と闘います。野牛の仮面をかぶり、刃のついてないグルカナイフ二丁を持ったこの強敵に、大塚は例の数珠を武器に変えて戦います。数珠をぶんぶんと振り回すとなぜか固い棍棒のようになり、これで(刃のついてない)グルカナイフをさばいて、敵の腹に一撃を加えるとなぜか刺さります。どこにも尖った部品はありませんでしたがとにかく刺さります。さらに顔面に一撃を加えて仮面を粉砕したところで警察が割って入り(いつの間にか戦いの舞台は寺院から草原に移っている)戦いは止められますが、グルキッシュの男は既に息絶えていました。


ネパールを流れる聖なる河で、死んだ男は荼毘にふされ、大塚はその河の水で顔を洗い、殺人罪に問われることもなく帰国します。そして世界最強を求める大塚とプロ空手の戦いはこれからも続くのであった………完。


いやぁ最初から最後までツッコミどころがなくならない、後半になるほど増えていくというスゴイ映画でした。公式にDVD出してほしいなぁ。もしくは特撮のひとつとして公式配信するか。とにかく、モンド映画としての味わいが秀逸な一品であります。


ちなみに九州プロ空手はその後、黒崎健時会長の新格闘術と対抗戦を行って、梶原一騎の『四角いジャングル』作中にも登場してきます。
[rakuten:surugaya-a-too:10508738:detail]
(↑『四角いジャングル』で検索するとなぜかこういう漫画がヒットする)


結果は、プロ空手の全敗に終わりました。