炎の聖書
- クラッシュ・ギャルズ:炎の聖書
『1976年のアントニオ猪木』『1993年の女子プロレス』と力作を発表してきた、柳澤健の新作『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を読みました。
- 作者: 柳澤 健
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/09/13
- メディア: 単行本
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長与千種とライオネス飛鳥、そしてファン代表として元「プロレス・ファン」(エスエル出版会)編集長、伊藤雅奈子氏の三人を主人公に、彼女たちの生い立ちから下積みを経てブレイクに至るまで、そして引退を経て復帰、クラッシュ2000を再結成して再度引退するまでを描いた、ビルドゥングス・ロマンとして超一級の読み物です。
副読本として、井田真木子の『プロレス少女伝説』および柳澤の前作『1993年の女子プロレス』も読むと、なお味わいが増します。
- 作者: 井田真木子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1993/10
- メディア: 文庫
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- 作者: 柳澤健
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2011/06/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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自分には才能がない、と引退を決意していた長与が、最後の試合にしようとした対戦相手の飛鳥に「今日の試合は決まりごとを無視して自分たちのやりたいようにやろう」と打ち明け、飛鳥が意外にもそれを快諾する。彼女もまた、自分の殻を破れずに苦悩していたのだった。かくて二人の試合は女子プロの常識を覆すハードヒッティングなものとなり、人気が低迷していた全日本女子プロレスに新風を吹き込んだのだった……こんなアングルは、書こうったって書けるもんじゃありませんよ。
当時のテレビ中継では、志生野温夫アナウンサーが「投げた」「捕まえた」「絞めた」など一般動詞を多用し、技の名前をさっぱり覚えていなかったというのが後に安達哲の『お天気お姉さん』でもギャグになっていました。
- 作者: 安達哲
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2003/05/28
- メディア: コミック
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しかし、それで技の名前を覚えたのかというとそうではなく、「志生野は年寄りだからクラッシュの高度な技にはついてゆけない、それほどクラッシュはすごいのだ」という図式であえて技の名前は覚えなかったというから、モノは言いようだというかなんというか。
そして、人気絶頂にありながらも、天性のパフォーマーである(シュートの実力では劣る)千種に試合の主導権をすべて握られ、苦手な歌まで歌わせられた飛鳥が苦悩し、心を病んでいくあたりの描写も鬼気迫るものがあります。誰とも話したくないため、常に音楽のかかっていないウォークマンのヘッドフォンを耳につけていたというのは一種のヤンデレ描写といえなくもありません。
苦悩する飛鳥は、公私ともに親しくしていた元アイドル歌手のアーティスト(本書では匿名だが、井田の『少女伝説』によれば伊藤さやかである)に依存し、彼女の一言をきっかけに芸能活動を辞め、それまでに貯めた数千万円の私財を彼女のアーティスト活動につぎ込みます。この時期、千種は飛鳥を「お前、死神に取り憑かれたね」と罵り、井田真木子の取材にも
「いま闘いたい相手は、飛鳥についてる死神なの。ぶっつぶしてやりたい。殺してやりたい。息の根止めてやりたい」
とまで語ります。「デラックス・プロレス」(ベースボール・マガジン社が出していた女子プロ専門誌)に載ったこのインタビュー記事を読んだ飛鳥は激怒し、井田の取材を拒否するとともにファンへの直筆メッセージを写真製版で載せることを要求します。活字ではどう編集されるかわからないから、という当時の飛鳥の人間不信ぶりが伝わる、このすごいエピソードを掲載する許可を出した今の飛鳥が逆にすごいという気にさせられます。
その後、「女は若くなくちゃいけない」という全女を支配する松永兄弟の偏見によってクラッシュは二人とも引退しますが、その後の団体対抗戦時代の到来と25歳定年制の撤廃によって現役に復帰し、飛鳥はヒール転向でついに自分のプロレスに開眼しクラッシュ時代にもなかった真の全盛期を向え、千種は全女の悪癖を撤廃した新団体GAEA JAPANを旗揚げして新人を育成するもののすでに時代は衰退期に入っていて……という顛末と彼女たちの現在は、本書と『1993年の女子プロレス』にくわしいのでそちらを参照のこと。
本書では、クラッシュの二人を陰日なたにサポートする先輩の、ジャガー横田とデビル雅美が、影のヒロインとしておいしい役どころになっています。『1993年の女子プロレス』で、インタビューされていない北斗晶とその子分(下田美馬と三田英津子)がいかに人でなしだったかが浮き彫りになる構成と対を成しているのも興味深いですね。
- 作者: 北斗晶
- 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
- 発売日: 1995/12
- メディア: 単行本
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『1976年のアントニオ猪木』『1993年の女子プロレス』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』と傑作を連発してきた柳澤健ですが、次回作が早くも気になるところです。個人的には『1987年の前田日明』あたりを書いてほしいなぁ。