誰よりも君を愛す

兇弾

兇弾

昨日は、仙台文学館逢坂剛先生をお迎えして開かれた「せんだい文学塾」を受講してまいりました。


今回のテーマは「視点・表現・言葉のあいまいさについて」だったのですが、日本語の場合は主語と述語がつながっていなくても文章が成立するという性質があるため、あいまいな表現が生まれやすくなります。


逢坂先生がまず例にあげられたのが、松尾和子和田弘とマヒナスターズによる1959年のヒット曲”誰よりも君を愛す”でした。


<COLEZO!>和田弘とマヒナスターズ

和田弘とマヒナスターズ

川内康範の作詞による「ああ 誰よりも誰よりも 君を愛す」というフレーズが有名なこの曲ですが、これを男の視点から見たとして、

  • A:男はたくさんいるが、その中の誰よりも、自分こそがいちばん君を愛している

という意味なのか、

  • B:女はたくさんいるが、その中の誰よりも君を、自分は愛している

という意味なのか、どちらなのかは歌詞を読んでもわからないように書かれています。でも、意味はあいまいでも歌はヒットして第2回のレコード大賞を受賞し、映画にもなりました(昔は、映画の主題歌として曲がヒットするのとは逆に、ヒットした歌謡曲をモチーフにして映画化されることがよくあった)。


これは歌だから意味があいまいでも許されますが、小説で同じことをやったら話が成立しなくなります。主語と述語はしっかり繋げないといけませんね。


また、たとえば、やる夫とやらない夫が『けいおん!!』について会話している場面を、やる夫の視点で描いたとします。

 やらない夫には『けいおん!!』の魅力がわからないようだった。力説するやる夫のことを、軽蔑するような目で眺めていた。
 やる夫は梓のことを思うと、心の底からぺろぺろしたくなる。いつだってそうだ。それだけに、やらない夫の冷徹な表情がむしょうに腹立たしかった。
「どうしてやらない夫には、あずにゃんの魅力がわからないんだお……!」
「てめーみてーな萌え豚じゃねえからだよクソが」
 やる夫は、この男には愛というものが理解できないのだと思った。苦虫を噛み潰したようなやらない夫の顔を、今度は逆に、やる夫が軽蔑するような目で眺めてやった。

ここでは、最初と最後で、やる夫とやらない夫がお互いに相手のことを「軽蔑するような目で眺めて」と書きました。
しかし、「ような」という外部視点による評価が加わっているため、後のほうはおかしな表現になります。やる夫の視点で書くならば、ここは「軽蔑しながら眺めた」と書かなければ、視点が乱れることになります。


英語圏の小説では、主語が変わるたびに視点が変わり、作者の視点も入ることが少なくありません。そのため、翻訳調に普段から慣れ親しんでいる人は視点の乱れに無頓着になりがちですが、日本語の小説では視点が乱れていると稚拙な印象を与えてしまいます。注意しなければならない点です。


とはいえ、視点が乱れていれば即つまらないのかといえば、そうでもありません。


時代小説のジャンルでは、視点が乱れていても天衣無縫なパワーで押し切ってしまう作家が何人もいました。逢坂先生は、五味康祐柴田錬三郎隆慶一郎をその例に挙げています。

柳生武芸帳〈上〉 (文春文庫)

柳生武芸帳〈上〉 (文春文庫)

われら九人の戦鬼(上) (集英社文庫)

われら九人の戦鬼(上) (集英社文庫)

かくれさと苦界行 (新潮文庫)

かくれさと苦界行 (新潮文庫)

ただし時代小説の場合は、明治以後に出てきた近代の言葉は使えないという制約があるため、別の難しさが出てきますけどね。


時代小説にせよハードボイルドにせよ、主人公の格好よさを演出するのはその行動ばかりでなく、文体の簡潔さに主眼があります。


昨年ごろから大ベストセラーになった、ある「小説」と称する本がありましたが、その中身をぱらぱらとめくってみるだけで「そして」「すると」「それから」「しかし」「だから」などの接続詞がやたらと目につきます。これは文章を冗長にするだけでなく、小説らしさを失わせ「説明」にしてしまうので、絶対に避けなければならないところです。

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則


今回の講座では、受講生から講師への質問コーナーも設けられました。ぼくもこの機会に、「逢坂先生は、発端から始まって演繹的に創作される場合と、結末へ向って帰納的に発想される場合とどちらが多いですか」と質問してみました。


逢坂先生はこれに答えて「ミステリー的な要素の強い作品の場合は、あるていど結末を決めてからでないと書けない。しかし、キャリアを積んでからは、あるシチュエーションをひとつ思いついて、そこから発展させて書けるようにもなった」とおっしゃっていました。


ぼくの場合は、まずオチができてからでないとブログも書けないので、まだまだ筆力が足りないということですね。

次回の講座

  • 日時:10月22日(土)16時開場、16時半〜18時半開講予定
  • 講師:馳星周大藪春彦賞作家)

夜光虫 (角川文庫)

夜光虫 (角川文庫)

  • 会場:仙台文学館 講習室
  • 受講料:一般2000円、学生1000円、高校生以下無料

東日本大震災で被災され、罹災証明書をお持ちの方も無料といたします。
※ただし、高速道路利用のための「被災証明書」は対象外となります。ご了承ください。

  • お申し込み/お問い合わせ:sendaibungakujuku@gmail.com
  • 電話の場合は080-6013-5008(留守番電話での対応となります)