ノー・モア・ヒーローズ

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兵庫県から飛び込んできたこのニュース。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100816/crm1008160940007-n1.htm

長男を「ヘッドロック」で死なせた疑い 55歳父を逮捕 兵庫県

 兵庫県警尼崎東署は15日、同居する長男の首を絞め死なせたとして、傷害致死の疑いで、父親の無職、徳山周二容疑者(55)=同県尼崎市猪名寺=を逮捕した。

 逮捕容疑は、同日午前1時15分ごろ、自宅の居間で長男、鉄兵さん(30)の首を右手で絞めて押し倒し、死なせた疑い。

 同署によると、徳山容疑者は暴行を認め、「酒を飲んで帰宅したので注意した。殴りかかってきたので反撃した」と供述。警察官が駆けつけた時点でも、「おとなしくなったフリしているだけや」と鉄兵さんをプロレス技でいう「ヘッドロック」の状態にし、必死の形相で床に押さえつけていた。鉄兵さんはアルコール依存症と診断されていたという。

 「子供が暴れている」と同容疑者の妻(53)が110番通報。署員が駆け付けると鉄兵さんが動かなくなっていたといい、死因を調べている。

被害者が加害者になってしまったといういたましい事件ですが、はたしてヘッドロックで人が死ぬものかどうか。


20世紀初頭、アメリカン・プロレスの黎明期には、ヘッドロックを得意技に”ストラングラー(絞め殺し)”の異名をとった二人のレスラーがいました。初代”絞め殺し”イヴァン・ストラングラー・ルイスと、鉄人ルー・テーズの師匠としても知られる、二代目”絞め殺し”エド・ストラングラー・ルイスです。

とはいえ、ヘッドロックは頭を左脇に抱えて絞めあげる技で、決して相手を窒息させたり首の骨を折ったりする技ではありません。これは、実践派のプロレスファンならわかると思います。


プロレス技の中には、首や頭にダメージを与える危険な投げ技があり、リングでの死亡事故も何件も発生しています。ですが、これらの技は素人には真似が難しいため、プロレスごっこで死者が出ることは、よほどの上級者でなければ無理と思われますね。


しかし、実際には、安全と思われるプロレス技で相手を死なせる事件が、まま見られます。


数年前のことと記憶していますが、ブラック企業の社長が自宅で部下にサソリ固めをかけ、死亡させたことがありました。

(↑ブレット・ハートvsHHH)


サソリ固めは、両脚をからめて下半身を反らせ、脚関節と背骨にダメージを与える技です。でも背骨を折るのはまず無理で、なぜ死亡したのかわかりづらいですが、実は下半身へのダメージではなく、うつぶせの上半身を床に強く押し付けられたための窒息死でした。この事件のほかにも、逆エビ固めでの死亡事故はままありますので、気をつけましょう。


また、ヘッドロックで相手を死に至らしめた例としては、1997年の神戸連続児童殺傷事件でも、加害者の14歳少年(当時)は、被害者男児ヘッドロックで絞め殺したと証言していました。

「少年A」14歳の肖像 (新潮文庫)

「少年A」14歳の肖像 (新潮文庫)

(のちに「ヘッドロックで失神させ、靴紐を抜いて絞殺した」と証言を変えている)


頚動脈を絞めるスリーパー・ホールドや、気管を絞めるチョーク・スリーパーと違い、ヘッドロックで直接的に殺害することは難しいと思われます。しかし、逆エビ固めのように、うつぶせの状態で床や地面に強く押さえつけ、窒息死させることは可能です。


その場合は、ヘッドロックというより、故クリス・ベノワが決め技としていたクリップラー・クロスフェイスに近いといえるでしょうね。

(↑超巨漢のビッグショーを仕留めた、ベノワ一世一代の名場面であった)
ベノワの場合は腕も極めますが、これはなくても良いでしょう。


ですが、この体勢で長時間にわたって押さえつけるのは難しいかとも思われます。


もしかすると、うつぶせではなく、あおむけした相手の胸の上に横向きになって乗っかり、相手の首を脇に抱え込んで、絞め上げていたのかもしれません。これなら、長時間にわたって押さえ込むことも容易だし、絞め方によっては窒息死することも充分あり得ます。


しかし、そうなるとこれはプロレス技の「ヘッドロック」ではなく、柔道の「袈裟固めになってしまいます。

バイタル柔道―寝技編

バイタル柔道―寝技編

もしかすると、講道館に対する配慮で、柔道技ではなくプロレス技で表現している……ということはないんでしょうか。まさか、ね。


ちなみに、横溝正史の『病院坂の首縊りの家』でも、プロレス技を使った殺人場面がありましたが、

病院坂の首縊りの家(下) 金田一耕助ファイル20 (角川文庫)

病院坂の首縊りの家(下) 金田一耕助ファイル20 (角川文庫)

※男女が殺しあって相討ちになった、現場を目撃した中年女性による回想・告白場面である

わたしは全身を怒りにふるわせ、敏男のたくましい股と股とのあいだに挟まれて、いまやまったくこときれている女のほうに眼をやりました。あれはプロレスでいうエビ固めというのでしょうか。由香利さんは敏男の太股にはさまれて、肋骨をズタズタにヘシ折られたうえ、咽喉首を絞め上げられたとみえ、白い眼を剥き、ダラリと舌を出し、口からおびただしい血を吐いてこと切れていたのでございますが、あえていわせていただきますと、それは恐怖と憎悪に歪んだ世にも醜悪な形相でした。

横溝先生、それはエビ固めではなく胴絞めスリーパーです。

和術慧舟會的裸絞(わじゅつけいしゅうかいてきはだかじめ) (晋遊舎ムック)

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