歯車

世の中には、知らない方が幸せだったこともある。


芥川龍之介の晩年の短編『歯車』には、視野を覆い隠す半透明の歯車を幻視する描写が出てくる。


芥川竜之介 歯車

歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)

歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)

半透明の歯車が主人公の視界を覆いつくし、しばらくするとそれが消えるかわりに激しい頭痛にみまわれる。体調の悪さや将来への不安にさいなまれる主人公の、苦悩を象徴するようなヴィジュアルイメージだ。


この私小説的な作品は、発狂し死んだ実母から精神疾患が遺伝することを恐れていた芥川の不安感を描いたもので、彼の精神が、常用していた睡眠薬の影響もあって病んでいくのを示した不吉な作品であると同時に、夭折した孤高の天才、という芥川の神話をぼくの中で増強する材料のひとつにもなっていた。



ところが、最近になって知ったのだが、この歯車は「閃輝暗点」という眼の病気で、精神病とはなんの関係もないというのだった。


『歯車』作中にも眼科医にかかる描写は出てくるので、この作品が書かれた当時は知られていなかったのだろう。それにしても、これはガッカリせざるを得ない。

ごあいさつ

などとこんなことを書いているうちに、このブログも今日で5周年となりました。


いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。今日はじめて見た、という方も、これからもよろしくお願いします。