Legacy , my first

今回の映画に限った話ではなく、「犬神家の一族」という作品のストーリーそのものに無理があることは以前から指摘されています。


この作品では、犬神佐兵衛の遺言により、

  • 全財産を、野々宮珠世に譲る
  • ただし、珠世はその夫を佐兵衛の孫(佐清・佐武・佐智)のいずれかから選ばなければならない
  • 珠世が相続権を失うもしくは死亡した場合、財産は五等分され、佐清・佐武・佐智はそれぞれ五分の一を、佐兵衛の末子青沼静馬が五分の二を受け取る
  • 佐清・佐武・佐智のいずれかが死亡した場合、その取り分は青沼静馬が受け取る

と決められており、このために連続殺人事件が起こります。



しかし、そもそもこのような不合理な条件の遺言は法律によって無効とされます。

横溝作品では、「三つ首塔」にも、指定された人物との結婚を条件として巨額の遺産を譲るというモチーフが見られますが、こういう物語はそもそも成立しないんですね。


また、民法によって定められた遺留分というものがあり、遺言だけで相続は決定されず、法定相続人の取り分として一定の割合で確保されることになります。


この作品の場合、犬神佐兵衛の実子である、犬神松子・犬神竹子・犬神梅子・そして青沼静馬がその対象となり、全財産の三分の一は彼らに譲られます。*1


遺言状が有効であっても、三分の一はこの人たちが確保することになるわけですね。



※注意:ここからネタバレ















ストーリーを追っていきますと、佐兵衛の長女である犬神松子は、息子の佐清(実は静馬がなりすましていたのだが)に遺産を相続させるため、相続権者である佐武・佐智を殺害していきます。


また、佐清と静馬は、松子の犯行を知りながらそれを隠蔽し、あまつさえ被害者の死体に損傷を加えるなどの事後共犯を行います。


物語の結末は、佐武・佐智・静馬が死亡し、犯人の松子は自殺。

共犯の佐清は逮捕されますが、珠世は彼の出所を待ち、やがては結婚して財産を相続するであろうことが暗示されて終わります。


しかし、同順位の相続人を殺害した者は相続権を失う、「相続欠格」という規定が民法にはありますので、佐清には遺産を相続する権利はありません。


それに、そもそもこの遺言状は無効と思われますので、珠世にも相続権はありません。

珠世は実は佐兵衛の孫なのですが、彼女の母である祝子は、戸籍上野々宮大弐の娘であり、佐兵衛の娘として認知されていたわけではないので、珠世は相続権を持っていないものと考えられます。


となると、最終的に遺産を相続するのは、佐兵衛の娘である竹子と梅子ということになります。

彼女たちの夫は、それぞれ犬神製薬の東京と大阪支店長でもあるので、会社組織の役員人事という点を考えても最も有利なのはこの二人ということになります。


もっとも、この人たちは息子を殺されちゃうんですけどね。

結局、誰も得をしないで終わるのでした。




それから、静馬が佐清になりすまして復員するのも不合理ですね。


そもそも彼は佐兵衛の実子であり、しかも、姉である松竹梅三姉妹から酷い虐待と脅迫を受けた被害者でもあるわけですよ。


遺産相続という点では、孫である佐清よりよほど有利な立場にあるのに、なんでわざわざ他人になりすますという危険を冒したのかどうにも理解に苦しみます。

「オデハイドゥガビイティドクディカッタンダー」
(俺は犬神一族に勝ったんだー)
と彼は叫びますが、そんなことしなくても、


「俺は佐兵衛翁の実子である青沼静馬だ、そこのババア三人は、財産を渡さないために赤ん坊の俺を殺そうとして、父から譲られた斧・琴・菊を奪いとった鬼畜だ」

と暴露すれば、犬神家に相当なダメージを与えることができたのにねぇ。



あと、佐清(になりすました静馬)の酷く損傷した顔面を見たときの一族の反応も不自然ですね。


ふつう、甥とか従兄があんなひどい傷を受けたのを見たら、気持ち悪いとか怖いとかいう前にまず心配するでしょう。
「大丈夫か」とか「かわいそうに」とか、建前でもいちおう言えよ。


「鬼火」とか「本陣殺人事件」でも、顔に傷のある人を気味悪がる描写がありましたが、その辺の人権意識の低さはまぁ昔の人だからとスルーしておくべきなんでしょうか。



前にも書いたことありますけど、「本陣殺人事件」には「三本指の男」ってのが登場するんですよ。

大きな傷のある顔をマスクで隠し、指の切断された手に手袋をはめた風来坊。


村人は、この人を見て気味悪がり、その上、この人に水をあげたコップを「もうこれ使う気がしない」としまい込んじゃうんです。


これはひどいですよねぇ。


そりゃ、顔をでっかいマスクで隠した人がいきなり来たら、「なんだこいつ、胡散臭いやつだな」と思うのは無理ないけど、その顔に大きな傷があるのを見たら、

「あぁ、それで顔を隠してたのか。じろじろ見て失礼なことしちゃったなぁ」
と思うのがふつうでしょう。

*1:静馬を庶子として認知していた場合