父よあなたは強かった

晩婚化と少子化が進み、不妊治療が発達した現代の日本では、新生児の27人に1人が体外受精で生まれてくるといいますが、精子卵子の提供についてはこんなデータもあるそうです。


夫の父から精子、173人誕生…20年間で : 科学・IT : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 夫の父から精子、173人誕生…20年間で : 科学・IT : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 夫婦以外の卵子精子を使った体外受精の実施を国内で初めて公表した諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町、根津八紘院長)で、今年7月末までの約20年間に夫の実父から精子提供を受けた夫婦114組から、体外受精で計173人の子どもが誕生していたことが分かった。


 17日午後に長野県松本市で開かれる信州産婦人科連合会学術講演会で発表される。

 同クリニックは2014年7月、夫の実父から提供を受けた精子による体外受精で、13年末までに夫婦79組から計118人が誕生したと発表。それから2年半余りで誕生数は約1・5倍に増えた。同クリニックによると、1996年11月から今年7月末まで、夫に精子がない160組が、夫の実父(50歳代〜70歳代)の精子と妻の卵子体外受精を行い、妻の子宮に移植。142組が妊娠し、114組が実際に出産した。

日本では精子バンクについての法整備が進んでいないためか、この諏訪マタニティークリニックでは、原則として精子の提供者は「夫の兄弟または実父」、卵子の提供者は「妻の姉妹」と限定されているそうです。なお、それが不可能な場合には第三者からの提供も可能ですが、その斡旋はしないというからしっかりケジメをつけている感じです。

(※ガイドライン - 特殊生殖医療部門


まぁ、なめくじ長屋で紹介されるようなおじさんエロ劇画とか、佐川銀次とか杉浦ボッ樹とかが義父を演じるAVとかによくあるシチュエーションだけに、「キモい」と拒否感をおぼえる人も少なくないようですが、当事者にとってはいろいろ考えた末のことでしょうから、ぼくは文句をつけるつもりはないです。


なお、記事中では夫の父から精子の提供を受けた例の数しか載っていませんが、夫の兄弟から提供を受けた例や、妻の姉妹から卵子の提供を受けた例も相当な数にのぼると想像されます。日本に限らず、イエ制度において兄弟姉妹は交換可能な部品とみなされ、夫や妻が亡くなったときに弟や妹が代わりに結婚することもよくありましたから、きょうだいの細胞を使って体外受精するというのはそれなりに納得されやすいでしょうけど。
とはいえ、このような血縁者に限るという規定が存在し、それがある程度の説得力を持つということを考えると、まだまだ家父長制というものが人々の心に強く影響を与えているんだなあ、と実感させられますね。祖父だと思っていた人が実は実父だった、とか伯父だと思っていた人が実は実父だった、というと横溝正史の小説にありそうなシチュエーション(具体的にいえば『悪魔が来りて笛を吹く』とか『病院坂の首縊りの家』とか)ですが、まさにイエ制度の煮凝りみたいな話が現実にもあるということです。まぁそういうフィクションだと体外受精じゃなく自然受精なんだけど。


夫の父親から遺伝子をもらう、という発想からは「嫡流」という言葉がどうにも見えかくれするんだなあ。


ところで、民進党代表選の結果を見る限りでは「大山鳴動して鼠一匹」という感のあった蓮舫二重国籍問題ですが、日本・台湾・北京の政府間に存在する微妙な関係がおおいに影響しており、また日本の国籍法の曖昧な条文についても、人によって解釈が分かれているようなので、うかつに口を出せない面倒臭い問題ではあります。
しかし、ここまでバッシングが過熱した要因のひとつとして、蓮舫は父が台湾人で母が日本人だったから、というのも無視できないと思います。これが逆で母系が台湾だったら、もう少し弱まっていたと思いますね。蓮舫、という中華風の名前になったのも、父系である謝家の人間とみなされての命名だったでしょうし。まぁだいたい「日本の悪しき伝統」的なものって、中国や朝鮮など東アジア全体で見られることが多いんですよ。日本だけの問題ではないけど、だからって無視していいわけではないです。


結局のところ、あのバッシングの背景にあるものと、「夫の実父から遺伝子を提供してもらう」という発想と、根っ子はひとつのような気がするなあ。片方は悪い形で出て、もう片方はおだやかな出方をしているけど、元をたどれば同じところにたどりつく気がします。