おかふい幽霊

「みちのく怪談」などというものに関わっている都合上、ローカル怪談を耳にすることが比較的多いぼくですが、最近、沖縄のグラフ誌「オキナワグラフ」の怪談特集で、「逆立ち幽霊」というお話を知りまして。

昔、嘉平川という男が絶世の美女チルーを妻にしました。
しかし、嘉平川は妻があまりに美しいため、他の男に取られるのではないかと思い悩み、やがて病の床に伏してしまいます。


ついに危篤となった嘉平川は、「私が死んだらお前は他の男と再婚するのだろう、それが心残りだ」と訴えます。
それを聞いたチルーは、包丁で自分の鼻をそぎ落とし、夫に操を立てる覚悟を示しました。


すると心労のなくなった嘉平川はみるみる快復し、醜くなった妻を捨てて、愛人のもとへ出奔します。
捨てられたチルーは病床に伏し、誰も看取る者のないまま寂しく亡くなりました。


やがて、嘉平川の前にチルーの亡霊が出るようになります。
つきまとう怨霊に悩まされた嘉平川は、チルーの墓をあばき、死体の足を棺桶に釘付けして、出られないようにしました。


しかしその晩、嘉平川の前に逆立ちしたチルーの亡霊が現れ。恨み言を述べます。
逆立ちといっても手で倒立しているわけではなく、ぶら下がって浮いた状態ですが。


困った嘉平川は、今度はお寺から護符をもらって家のあちこちに貼りました。
これで、嘉平川の家にチルーの亡霊が出ることはなくなりました。


行き場を失ったチルーは、墓の前にあるまかん道に夜な夜な現れるようになります。
逆立ち幽霊のうわさを聞いた、池城という若武者がまかん道を訪れると、彼の前にも逆立ち幽霊が現れました。
勇気のあった池城が「なぜ毎晩そんな姿で出るのだ」と問うと、チルーは今までの身の上を語り、嘉平川家の護符をはがしてくれるよう哀願します。


哀れな女の願いに心を動かされた池城は、嘉平川家に貼ってあった護符を残さずはがしてしまいました。
かくして嘉平川のもとに再びチルーの亡霊が現れ、彼を呪い殺してしまいます。


復讐を遂げたチルーは、池城のもとに現れ「池城家のお墓の中に水たまりがあり、三匹の鯉がいます。これを庭の池に放すと幸運が訪れます」とお告げをしました。
池城はこのお告げどおりに鯉を見つけ、池に放したところ、池城家は王府の役職につき、子孫も繁栄しました。


大蔵映画の怪談もので『沖縄怪談 逆吊り幽霊 支那怪談 死棺破り』という作品(二本立てに見せかけた一本の映画)があることは前から知っていましたが、その元になったのがこのお話だったんですね。

幻の怪談映画を追って (映画秘宝コレクション)

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沖縄怪談 逆吊り幽霊/支那怪談 死棺破り [DVD]

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沖縄では有名な話らしく、琉球芝居の演目としても知られているそうです。


大筋はほぼ『四谷怪談』と同じですが、妻が鼻を削いだら夫の病気が治るというトンデモ展開は、落語の「おかふい」にも共通するモチーフですね。

ある大店の番頭は、若い頃の女遊びで梅毒をもらい、鼻が欠けていました。
その店の主人は美しい女房をもらって仲むつまじく暮らしますが、病気になってしまいます。


主人は病の床で「私はもう長くない。私が死んだらお前が他の男と再婚するのが心残りだ」と訴えます。
女房は「私は再婚などいたしません」と言いますが、主人は納得しません。
「うちの番頭みたいに鼻がなくなれば、男も寄ってこなくなるだろう。鼻を削いでおくれ」と頼み込みます。
それを聞いた女房は鼻を切って主人に与えました。
主人は喜んで、切った鼻を食べたところ病気はみるみる快復します。


快復した主人は、鼻のない妻が疎ましくなり、女遊びをしたり、妻を邪険に扱うようになります。
これに怒った親類が奉行所に訴えたところ、喧嘩両成敗とのことで主人も鼻を削がれました。


鼻を削がれた主人は、女遊びもできないので家にひきこもり、また妻と仲むつまじくなります。


ある日、番頭が「2人でどんな話をしているんだろう」と夫婦の部屋を覗き込みます。
すると、主人は「お前がかわふい」、女房はが「あなたがいとふい」と、鼻のないどうしでフガフガと喋っていました。
これを聞いた番頭、思わず吹き出して「わはははは、こりゃおかふい」。

構音障害者をネタにしているため、この噺は現在では放送禁止といわれており、なかなか耳にする機会はありません。
切った鼻を食べるくだりは、この噺を好んだ六代目三遊亭円生五代目三遊亭円楽の師匠)が付け加えたもので、あまりにグロテスクなため噺家によってはこの部分を削除することもあるとのこと。いずれにしても陰惨な噺で、寄席でもあまり好まれる演目ではないようです。

なごやか寄席シリーズ 六代目 三遊亭圓生 おかふい/寝床

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「逆立ち幽霊」とは正反対の結末ですが、「女房が鼻を削ぐと亭主の病気が治る」というトンデモ展開は共通していますね。


中国の漢の時代に、死んだ夫に操を立てるため、妻が自ら鼻を削ぐ話がありますが、これが日本に伝わって発展したのでしょう。
現代でも、アフガニスタンあたりでは、姦通や逃亡の罪を犯したとされる女性が、鼻や耳を削がれる事件が発生しています。


世界報道写真大賞、「耳と鼻をそぎ落とされたアフガン女性」に 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News



鼻削ぎと貞節を結びつける文化が、東アジアから西アジアまで広く存在しているのかもしれませんね。
そんな文化、誰のためにもならないと思うんですけど。