チャウチャウちゃうんちゃう

いつかは読まなければいけないと思いつつ、機会にめぐまれなかった漫画作品がぼくにはある。


野望の王国である。

野望の王国完全版 1 (ニチブンコミックス)

野望の王国完全版 1 (ニチブンコミックス)

雁屋哲の暴力・闘争漫画の総決算であり(この漫画が終了してすぐ始まったのが『美味しんぼ』である)、かの『サルまん』の絵の元ネタになったことでも有名なこの作品だが、漫画ゴラクに連載されたという微妙なマイナーさのため単行本もなかなか手に入らず、数年前に出たはずの「完全版」もさっぱり見当たらなかった。そんなわけで、おおまかな設定と絵の濃さぐらいしか知らずにいたのであった。


だが先日、何気なく寄ったブックオフのコンビニ本100円コーナーに、1巻があるのを見つけて、買ってみた。


いやぁ、これは面白い。


ヤクザの妾腹の子にして東大法学部のエリート、橘征五郎が、相棒の片岡とともに、日本を支配する野望のために暴力の道を進む。という大枠は知っていたのだが、実際に読んでみると、『美味しんぼ』によく出てくる「エライ人の趣味を利用して味方に引き込み、公私混同させる」という手法がすでに出てきているのがわかった。


美味しんぼ』では食い物を利用してエライ人を引き込むのがいつもの手だが、野望の王国』では犬であった


日本最大の暴力団、花岡組の若頭である疋矢という人物が登場する。関東のやくざ業界が激震している(征五郎が自分の兄たちを殺したからなんだけど)機会に乗じて、進出すべくやってきたのだが、征五郎は、この人を自分の側に引き込もうと画策する。


疋矢が無類の犬好きである(関西愛犬家協会の理事長を務めている)ことを知った征五郎は、外出する疋矢の前に、犬を連れて現れるのである。

なにこのクリーチャー。


で、この二匹のクリーチャーを見た疋矢は、

これチャウチャウとアフガンハウンドなの?

オレもこんなチャウチャウ見たことねえよ。

ハーマン・テディベア イヌ チャウチャウ 30?

ハーマン・テディベア イヌ チャウチャウ 30?


この犬を見て、いてもたってもいられなくなった疋矢は、「もし、学生さん待っとくなはれ!」と声をかけ、挨拶もそこそこに

お おお…… おお……


そうや 今思い出したで 去年 愛犬クラブの仲間が
関東でものすごうごついチャウチャウを育てとるもんが
おるらしいと噂しとったが


ひょっとするとこのチャウチャウのことやったんかもしれん……

感動しつつ犬の頭と体をなで、

この顔 頭の形……
胸まわり……
脚の太さ……
どれをとっても非のうちどころがない……


しかも この大きなことちゅうたら仔牛も顔負けやないか……
こんなチャウチャウははじめてじゃ……

と、褒め称える。ほとんど、四万十川の鮎を食べた京極はん並の感動っぷりである。


もう一頭の方を見ても、

味のある表情。この直前まで、ヘマをしたやくざの右腕を切り落としたりしてた人とはとても思えない。


この後、疋矢は征五郎に「他の犬も見せてくれ」と頼み込んで家に上がりこみ、そこで征五郎の兄の征二郎(やくざ社会の若き実力者であり、征五郎の最大の理解者にして最大の敵)に引き合わされるのだが、この辺の展開はのちの『美味しんぼ』にもよく出てくるパターンである。犬の褒め方も、”シャッキリポン”に代表される過剰な美味表現の萌芽がすでに見られていて興味深い。


ストーリー的にはこの後、疋矢は征五郎の強い味方となり、個性的でアクの強いキャラクターが続々と登場してくるはずなのだが、もうこの犬エピソードだけで満腹である。


犬好きに悪い人はいない、というのはやはり不変の真実!

愛犬家連続殺人 (角川文庫)

愛犬家連続殺人 (角川文庫)