セクハラの本質

インフルエンザと診断されたため自宅に引きこもっていますが、こんなニュースを目にしては黙っておれねえんです。


男性警官:女性署員にプロレス技 滋賀県警、セクハラ調査 - 毎日新聞 男性警官:女性署員にプロレス技 滋賀県警、セクハラ調査 - 毎日新聞

 滋賀県警長浜署の男性警官が、昨年11月に開かれた署内の懇親会で、20代の女性署員2人にプロレス技をかけていたことが県警への取材でわかった。複数の男性署員が携帯電話で写真を撮り、一部の参加者間で共有していたという。県警はセクハラなどの可能性があるとみて調査しており、処分を検討する。

 県警監察官室によると、懇親会は人事異動に合わせ、11月22日の午後7時ごろから、地域課の署員25人が参加して長浜市内の飲食店で開いた。警部以上の幹部はいなかった。

 余興として男性警官がプロレス技を複数の同僚にかけ始め、女性2人にも「つり天井固め(ロメロ・スペシャル)」と呼ばれる技をかけた。手足をつかんであおむけに体を持ち上げ、足を開かせてえびぞりにさせる技で、女性1人はスカートを履いていた。

 県警監察官室は「調査を進めており、結果を踏まえ厳正に対処する」と話している。【大原一城】

このニュースは朝日・読売・産経など各新聞社のサイトでも報じられ、産経では男性が女性に吊り天井固めをかけるイラストまで掲載していますが、毎日新聞だけが「ロメロ・スペシャル」という英語名も併記していたのでここで紹介しました。


ロメロ・スペシャルはメキシコの覆面レスラー、ラウル・ロメロが開発した(リト・ロメロ説もある)技で、メキシコ流の複合関節技、ジャベ(かつては「メキシカン・ストレッチ」と総称されていた)の代表格です。現地ではタパティアと呼ばれ、日本でもポピュラーな技であります。使い手としては獣神サンダー・ライガーが有名です。

(背が低く手足が短いライガーの体格は、この技に最適である)


で、この技について重要なのが、「受け手の協力がなければ成立しない」点であります。


そもそも受け手の全体重を手足だけで支えるという技の特性上、ヘビー級で使うことは難しく、男子より体重の軽い女子のほうでよく使われています。

  • Natalya - Romero Special


WWEディーヴァ、ナタリアことナッティ・ナイドハートによるロメロ・スペシャル。ちなみに彼女はジム・ナイドハートの娘で、“ヒットマンブレット・ハートの姪にあたる)


この動画を見てもわかるように、「足をかけられてもほどかない」「腕をおとなしく後ろにやる」「持ち上げられても暴れない」という、受け手の協力が必要なわけです。


(※なお、2014年に『水曜日のダウンタウン』で「ロメロスペシャル相手の協力なくして成立しない説」が検証され、ライガーサバンナ八木ザブングル松尾カラテカ矢部にロメロスペシャルをかけて「協力しなくても成功する」と結論づけられたが、「オラ八木ィ!」とすごむ山田のおじさんがいかに怖いかという重要なファクターを無視しているため、本稿ではこの結論を支持しない)


ということは、長浜署の懇親会でロメロ・スペシャルをかけられた女性警察官にしても「本気で抵抗していない」「自分から進んで技を受けた」といえるわけです。そこを突いて「同意があった」「狭義の強制性はなかった」とか言い出すやつらがいるだろうなぁ。


でもここにこそ「セクハラ」「パワハラ」の本質があるわけで、単なる暴力とハラスメント行為の差というのは、被害者が「逆らう」という選択肢を社会的に奪われている、という一点なわけですよ。受け手の側が空気を読んでかけられたのだとしたら、そういう空気にこそ問題があるんです。何でもかんでもハラスメントとはいかがなものか、というようなことを言う人が多い昨今ではありますが、そこの問題をきっちり認識してしゃべってほしいものですね。



ちなみに、ロメロ・スペシャルの考案者とされるラウル・ロメロは昭和31年に初来日していますが、テレビ中継もなくマスコミとのパイプも弱かった旧・国際プロレス団木村政彦が主宰)のリングに上がっていたため、ロメロ・スペシャルがどこで初公開されどのような反響を呼んだのか、についてははっきりした記録が残っていません。「吊り天井固め」という和名がいつ命名されたのか、も、ぼくが調べた限りでは判然としませんでした。かつてはプロレス技の和名もメディアによって違いがあり、今でこそ「原爆固め」が定着しているジャーマン・スープレックス・ホールドにしても、初期には「天井づり」という表記もあったようです。吊り天井固めと似た言葉だけど、こちらは飲み会の余興としては使えないなぁ。

(いまのプロレス界では、男子なら大日本プロレス関本大介、女子ならセンダイガールズプロレスリング橋本千紘が、ナンバーワンの使い手と目されている)