ボクシング世代交代

今夜、大阪城ホールにて長谷川穂積が3階級制覇を目指す3年ぶりの世界戦と、山中慎介がV6を目指す防衛戦の、ダブルタイトルマッチが開催されました。

その結果はといいますと。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140423-00000078-nksports-fight

長谷川3階級制覇失敗、7回TKO負け

<プロボクシング:IBF世界スーパーバンタム級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇大阪城ホール
 同級13位で、3階級制覇に挑んだ長谷川穂積(33=真正)が王座獲得に失敗した。

 約3年ぶりの世界戦だったが、7回に同級王者キコ・マルティネス(28=スペイン)に2度のダウンを奪われ、同回1分20秒、TKO負けで敗れた。

 2回に連打を浴びて、最初のダウンを奪われた。3回以降は左まぶたを切りながらも、ボディーで反撃。しかし、7回に2度目のダウンを喫すると、セコンドからタオルが投げ込まれた。「負ければ引退」を公言して臨んだ一戦で、力尽きた。

穂積は、試合前のインタビューでも「自分のボクシング人生はすでにゴールに達している」「勝っても負けても、出しきることができればそれで終わりにしたい」というようなことを言っていましたので、モチベーション面で心配がありましたが、試合では強打の王者に果敢な打ち合いを挑みました。
でもこれは穂積の悪い癖で、細かいパンチで相手をコントロールしつつ、体勢が崩れたところにカウンターを打ち込むのが、バンタム級時代に連勝を続けた穂積本来のスタイルです。しかし、フェザー級に階級を上げてからは「力負けしないところを見せたい」という欲が出てきたのか、足を止めての無理な打ち合いが目立つようになり、そのせいで王座から陥落したのですが、今回も、穂積の悪いところが出てしまう結果となりました。穂積が負けるときはいつもこうだったんだよなぁ。良いときも悪いときも、スタイルのはっきりしたボクサーでありました。今後の進退についてはまだ明言されていませんが、いずれにせよ、現時点では「お疲れさまでした」という言葉しかないです。別報道によれば、右眼窩底と鼻骨を骨折しているそうなので、まずは治療に専念していただきたい。



んで、山中はというと。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140423-00000131-spnannex-fight

山中強すぎ!4度ダウンはオール左「強い左なんでしょうね」

 ◇プロボクシングWBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦 王者・山中慎介 9回11秒TKO 同級3位シュテファーヌ・ジャモエ(2014年4月23日 大阪城ホール

 「神の左」の異名をとる強打が、さらに凄みを増した。この試合、山中が奪った4度のダウンは全て左。上下に打ち分けて最後はボディーへの強烈な左ストレートで決めた。

 「これだけ警戒されているなかで当てられるんで、強い左なんでしょうね」

 まるで他人事のように振り返る言葉に自信がにじむ。

 世界王座の5連続KO防衛は長谷川穂積(真正)がWBC世界バンタム級王者時代にマークした記録に並び、日本人世界王者で歴代2位タイとなった。

 会場には後援会の3500人が応援に駆けつけるなど1万人を超えた観衆は大盛り上がり。「声援がパワーになった。海外での試合や統一戦もしたい」と山中。

 次の防衛戦で、元WBA世界ライトフライ級王者・具志堅用高(協栄)の持つ最多記録の6連続KO防衛を目指す。

山中はとにかく強かった。近距離での連打に活路を見出そうとするジャモエを右のフリッカージャブで突き放し、必殺の左ストレートを顔面やボディに打ち込む。距離をとろうと右手を前に伸ばしすぎて注意を受け、減点される場面もありましたが、全体的には危なげない試合運びでした。
ただ、「神の左」に頼り過ぎてほかのパンチをあまり使おうとしないきらいが見られます。今回の試合でも「ここで右フック出せば当たるのに」と思わされる局面が何度かありましたが、まぁそこは山中のファイトスタイルですから。


今夜の試合で、2005年に王座を獲得してからボクシング界を引っ張ってきた長谷川の時代が終わり、ノリにノっている山中がさらなる飛躍を目指すという、世代交代が明確になりましたね。年齢的には2歳しか違わないこのふたりですが、選手としての活動時期にはひと世代の差ができたということです。


山中は国民的スターになっているべき選手だと思いますが、試合が地上波で放送されるようになったのは最近で、それまではwowowでしか見られなかったという事情のため、実力に見合った知名度が得られていないのが残念なところです。「さんま御殿」に出たり、そこでこもった声質を改善するためにオフコースの「さよなら」を歌うよう勧められたり(今日の勝利後インタビューでも「もう(裏声)」と歌っていた)、涙ぐましい努力をしていますが、もっと注目されてほしいですね。

オフコース・グレイテストヒッツ 1969-1989

オフコース・グレイテストヒッツ 1969-1989


でも、それを言ったら今日の解説席に座っていた西岡利晃のほうがもっと悲惨だよなあ。ラスベガスまで進出して、ノニト・ドネアとも戦った日本初の名誉王者なのに、wowowにしか出てないので知名度が低いという。

すべては夢の過程だから。

すべては夢の過程だから。