暗黒旅人

暗黒旅人 (講談社文庫)

暗黒旅人 (講談社文庫)

昨日のイベントに続き、今日は大沢在昌先生を講師にお迎えした「小説家になろう講座」を受けてまいりました。


野性時代」誌上でもプロ志望者向けの小説講座を連載されている大沢先生だけに、その指導は具体的で作家志望者ならずともためになる内容でした。読む側の人間が、面白い小説がなぜ面白いのか理解するのにもすごく役に立ちます。


まず「キャラクターの造形を深く練ること」。その人物はどんな顔をしていてどんな服を着ているのか、何が好きで何が嫌いなのか、風呂に入ったらどこから洗うのか。どんな時にどんな行動をとるのか、それを全部作品には書かなくても、作者がしっかり把握しておかないと、生きたキャラクターにはなりません。


そして、キャラクターを生きた人間として描くために重要なのが、「その人物が、物語に登場していない時間に何をしているのか」もしっかり考えておくこと。全ての人物を全ての時間で生かしておくことが、物語に命を吹き込むために必要なんですね。


で、物語の最初と最後で、主人公になんらかの変化が起こらなければ、その小説は読者の心を動かすことができません。
でもそれは「こう変わりました」と書いてしまうのではダメで、変わっていく様を見せていく。それが「プロット」というものです。今回の講座で取り上げた受講生のテキストも、主人公の内面を直裁に書きすぎる傾向が見られたので、そこは注意しなければならないところです。
キャラクターは土台、ストーリーはその上に乗っかるもの。そのつり合いが取れていないと、作品はいびつなものになります。大きな物語を動かすためには強いキャラクターが必要だし、強すぎるキャラクターにちっぽけなストーリーを載せてもつまりません。まぁそういういびつさをあえて描く手法もなくはありませんが、あくまで変化球ととらえるべきでしょう。


名もない通行人役であっても、その人物がその時間にその場所にいる理由は必ずあります。たとえば、平日の午前11時に女子高生が電車に乗っているとしたら。期末テストで半ドンだったのか、学校をサボって遊びに行くのか、学校へ行きたくなくて時間を潰しているのか。サラリーマンが乗っているのだとしたら、これから営業先に向うのか、サボってサウナへでも行くのか、リストラされたのを家族に言えないでいるのか。そういった細かなことまで、作品には書かないにしても、作品世界で全能の神である作者は把握していなければなりません。


そこで大沢先生が推奨するのが、演劇におけるスタニスラフスキー・メソッドを小説に転用し、一人一人に役作りをしていくこと。

スタニスラフスキー入門

スタニスラフスキー入門

これを、大沢先生は「自分の劇団を作れ」と表現されていました。
たとえばABCDEFGHという人格のアーキタイプをつくっておく。Aは熱血漢で正義感が強く、Bはニヒルで皮肉屋。Cは頑固で人の話を聞かず、Dはいつも無表情で何を考えているかわからず、Eは自分の意見が言えないでいつも周囲に流されていて、Fは損得勘定でしか動かない。Gは誰にでも優しい博愛主義者。といった具合に。


そして、物語の都合によっていろんな年代や性別をそのアーキタイプにあてはめていくことで、無限のバリエーションが作れる、とのことです。一種のスターシステムともいえますが、大沢先生の多数の著作に登場するおびただしいキャラクターたちも、還元すると10人程度のアーキタイプにおさまるというから驚きです。


で、キャラクターがしっかり作られれば、その言動もおのずと決まってきます。現実の人間は気まぐれな行動を起こすことがありますが、小説上の人物の行動を「気まぐれ」で処理するのは「夢オチ」と同じだ、と大沢先生はおっしゃっていました。


そして、キャラクターを生かしつつストーリーを進めるには、会話文が重要になりますが、(とくにミステリでは)「教える会話」と「隠す会話」が必要になります。


たとえば、物語の謎を1〜4の四つのピースに分解して、A、B、C、Dの四人がそれぞれのピースを知っているとします。


この場合、人物Aが謎1を素直に教えてくれるとはかぎりませんし、人物Bは謎2を謎と認識していないかもしれません。人物Cが謎3を教えてくれたとしてもそれは謎4が明かされなければ意味が分からないこともあるし、人物Dが謎4を教えてくれるためには別のミッションXを達成しなければならず、それが謎2につながっていたりとかして、そこでまたストーリーにひとひねりが生まれることになります。この辺を、大沢先生は「RPGをやる人なら、お使いプレイが感覚的にわかると思う」とおっしゃっていました。たしかに、初期のドラクエやFFにはお使いプレイが目立ちましたねぇ。


ミステリにどんでん返しは付き物ですが、「善人が実は悪人だった」よりは「悪人が実は味方だった」の方がインパクトが強くなります。でもそこには必ず理由が必要で、気まぐれではやはり夢オチと同じになってしまいます。有効なのは「敵の敵は味方」というパワーバランスを持ち込み、危ういサスペンスを盛り上げることですね。


サスペンスを盛り上げるための手法として、大沢先生は初稿ではまず張れるだけの伏線をそこら中に張っておき、完成してから読み返して、いちばん効果的な伏線だけを残すそうです。この「読み返す」というのが重要で、少なくとも三日のクールダウン期間を置くことで、作品を客観的に見ることができるようになるというんですね。


大沢先生は、「僕は頭がちぎれるぐらい考えて考えて書いてます」とおっしゃっていました。あれほどの大家になってもまだ努力を怠らず、「自分は作家として安泰だ、本も売れたしオレは偉いセンセイだ」と思った瞬間にその作家は終わりだ、とも。そういえばどっかに、自分の本は日本一売れたんだからオレは偉い、オレがみんなに本の読み方を教えてやる、なんて言ってる人がいたなぁ。大沢先生はこんなに謙虚に頑張ってるってのに。