見るまえに跳べ
今月の「映画秘宝」はもうこの表紙だけで訴求力が半端じゃないですが。
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十年来の親友同士として同居しているザック(セス・ローゲン)とミリー(エリザベス・バンクス)が、手作りのハードコアポルノを撮影するというお話。ケヴィン・スミスなのでやっぱり『スター・ウォーズ』ネタで、下品なギャグがいっぱいなのですがモテない男のためのラブストーリーにもなっている、という。
撮影のためにセックスをした二人は、そこではじめてお互いへの愛に気付くのですが、ザックはそこから逃げてしまうんですね。大人になってしまうことがイヤで、自分の気持ちを受け容れることができないんです。
町山さんは、聞き手(編集部の岩田さん)にこう言っています。
町山:女と一緒にいるのは、はっきり言って面倒くさいよ。ワイルド7のカッコよさなんて絶対に理解しないし、生活の面倒も見なきゃならないし。でも、面倒くさがってたら、いつまでも彼女なんかできないし、子どものままなんだよ。そうしてるうちに40歳過ぎて、ひとりぼっちになっちゃうよ。
――そういうオタクは世界中にいっぱいいますけど。
町山:だから、アメリカには「モテない男のためのラブストーリー」ってジャンルがあるんだよ。ジャド・アパトーやファレリー兄弟の映画はみんなそうだし、元祖はケヴィン・スミスの『クラークス』と『チェイシング・エイミー』で、それは女性経験の少ないオタクたちのための恋愛教室なんだ。そして、その基本は「自分を捨てろ!」ってことなんだ。
――ははあ。『40歳の童貞男』では主人公が「フィギュアを棄てろ!」って言われてましたね。
町山:秘宝読者はそれを観て「なぜフィギュア棄てなきゃならないんだ!」って怒るんだけど、フィギュアを棄てることは重要なんだよ! フィギュアを集めるというのは「子どもの頃好きなだったもの」にいつまでもこだわっているということ。「子どもの頃の自分が大切」ということだけど、それでは自分は変えられない。でも、人を好きになるということは、「自分よりも大切なものができる」ということだから、自分を捨てられない人には人を好きになることはできないよ。キルケゴールも言ってるだろ?
――へ??
町山:「あれか、これか」と言ってる。「あれもこれも」じゃなくてどちらかを選ぶとき、どちらかを捨てる時に人は初めて一歩踏み出すんだ。「見る前に跳べ」って言葉もある。自分がどうなっちゃうかまるでわからない世界にあえて跳び込まないと人間はぜったいに変われないんだって。
――まさか童貞話からキルケゴールまで行くとは思いませんでした!
町山:恋愛できない男たちって、ブサイクなんじゃなくて、実は見る前に跳べないだけなんだよ。ザックだって、ミリーのことが本当は大好きなのに、彼女と愛し合ったらまったく知らない世界に進んでしまう。自分は変わらなきゃならない、それが怖いんだ。でもそれじゃダメなんだよ! って、ケヴィン・スミスはすごく真剣に訴えてるんだ。あと、この手の映画が面白いのは、ケヴィン・スミスもファレリー兄弟もジャド・アパトーもホントにブサイクで、オタクで、引き篭りの経験がある奴らだってことだよ。彼らみたいなボンクラでも今は結婚できてるわけで、そんな先輩が後輩たちに”お前ら、とりあえず恋愛してみろよ!”って言ってくれてるから、信用できるわけ。
――2枚目のインテリが上から目線でモノを言ってる映画じゃないと。
町山:そう、ケヴィン・スミスなんかチビでデブで学歴低いからね(笑)。だから秘宝読者は彼らの作った男のためのラブ・ストーリーをもっといっぱい観て、女の股座に跳び込んでいかなきゃいけないんだよ!
――今年の目標にします!
なるほど、アメリカのオタク向けにはこういう映画がありますが、日本のオタクが好む萌えアニメは「君は変わらなくていい」「フィギュアは捨てなくていい」というメッセージを発信するメディアですからね。萌えオタの人が「惨事」「虹」と表現したりする三次元と二次元の違いというのは、表現形式のみならず、実はこういう、込められたメッセージの違いが大きいんじゃないでしょうか。
邦高洋低といわれる日本映画界の状況もあって、アメリカでヒットしたコメディ映画もなかなか日本では公開されない現状ですが、そこには、日米のオタク気質の違いもあるのかもしれませんね。