東北の突破者

本日は、「東北・知の系譜」と銘打たれた、赤坂憲雄宮崎学の対論を見てまいりました。

方法としての東北

方法としての東北

近代の奈落

近代の奈落


福島市出身の運動家で、全国水平社の創立メンバーであり、有名な水平社宣言も多くはこの人の手によるものだという、平野小剣をテーマとしていたのですが、それよりも「東北と部落差別」について語る時間が大きかったですね。


西日本と違い、東日本は部落差別が問題になることが少なく、特に東北地方では、地元の人間も「東北に被差別部落は存在しない」と思っていることが多いです。


というのも、東北では中世以降にも縄文時代からの狩猟文化が根強く残っており、皮革や畜肉へのケガレ意識が希薄だったことが大きいようなんですね。


http://www.jinken-net.com/old/hiroba/2004/hiroba0405.html


こちらでも書かれているように、山形県には箕作りを生業としていた村があり、岩手県には太鼓づくりを副業として行う農家があるのですが、それらは東北の人間にとってはごく普通のイナカ仕事であって、関東以南・西日本では蔑視の対象になっている、なんて今日までまったく気付きませんでしたからね、ぼくは。

箕作り弥平商伝記

箕作り弥平商伝記

この小説では、ぼくと同様に差別を知らなかった東北の箕作り職人が、関東へ移住していって差別に直面するという物語が描かれているそうなので、読んでみようと思います。



宮崎さんは、最近ちょっと体調を崩されたとかで以前よりソフトな印象を受けました。


ですが、テーマについていちおう語り終えた後、やくざ関連の話題になると相変わらず痺れるようなネタを披露してくれまして、とくに、台湾やくざの大物が亡くなったとき、葬儀委員長に指名されたやくざが殺人で指名手配中されていて、困ったその委員長氏が警察に相談し、一日だけお目こぼしをしてもらったというのがサイコーすぎて、聴衆もリアクションに困っていました。



というわけで、今回もサインをもらってきました。これは貴重かも。

おまけ

左翼のアジ的な文脈では、集会の規模をセンセーショナルに「○○集会に×千人が集結!」みたく喧伝することが多く、ネットウヨクの子どもたちが鬼の首に鈴でもつけたようにツッこむことがありますが、その論法には、共産党出身の宮崎先生も心情的に共感するらしく。


千五百人が集まったといわれる和歌山のお寺に取材に行ったものの、とてもそんな人数は入れそうになく、かなり誇大にいっていたらしい。水平社の創立大会に関しても人数を誇大にしている、と、幻冬舎アウトロー文庫版『近代の奈落』263〜264頁で書かれているのですが、

 京都・岡崎公会堂の全国水平社創立大会だって、三千五百人が会場を埋めつくしたといわれていたが、どうも七百人ぐらいというのが真相らしい。これも、だいぶ誇大である。
 しかし、私は、戦争敗北局面の大本営発表、大衆運動衰退局面の集会参加人数の水増しに感じたようないじましさは感じなかった。むしろ、上昇局面の熱気と意気込みを感じた。そのころの各地の水平社大会の熱気はすごいものだったようだ。その熱気が、参加者を何倍にも感じさせる。ついにやったぞ、これからドンと行くんや、という意気込みが、千五百人、三千五百人と書かせる。それに、当時の厳しい状況のもとで集まってきたやつらの多くは一騎当千の強者だったにちがいない一騎当千なら、百人は十万人ではないか

(強調は管理人による)
ちょwwwそれ少佐の演説www

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よろしい、ならば糾弾だ。