Fight for your right
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人間らしく生きる権利に対して、いかなる義務を要求するというのか - good2nd
現代において「人権」というものを扱うのはとても難しいことで、誰か他人をかばうような物言いをすると、すぐ「人権屋」だの「プロ市民」だの「お花畑」だの「日本から出て行け」だのといった罵倒の言葉が寄せられます。
「○○に人権はない」という物言いを、どれだけ目にしてきたことでしょう。
「悪魔のお前たちに人権はない!」―学校に行けなかった「麻原彰晃の子」たち
- 作者: 手塚愛一郎,山際永三,松井武,深見史
- 出版社/メーカー: 社会評論社
- 発売日: 2001/12
- メディア: 単行本
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義務を果たさない者に権利はない、という人は多いですがなぜかいつも義務が優先で、権利が守られない人間には果たすべき義務はない、という人はなぜかほとんどいません。義務と権利は表裏一体である、というなら逆もまた真のはずなのに。
人権というものは、義務を果たしたご褒美として国から与えられるものではなく、人が生まれながらにしてみな平等に持っているものであり、その維持のため不断の努力を要するもの。
もちろん、その行使には公共の福祉のために一定の制限が設けられており、何でも無条件に許されるものではありませんが、それでも、人権が剥奪された人間というのは決して存在してはならないものです。*1
人権は、「すべての人が平等に持っている」というところが肝心なのであって、持っていないひとが一人でも存在していたらそれはもう人権ではなく、単なる一つの特権に堕してしまう、と思うのです。
自分の気に喰わない人間に「こんなヤツに人権なんてない」と言うのは痛快で気持ちいいことでしょうが、誰かから人権を剥奪してしまったら、自分が持っている(と信じている)人権まで危ういものにしてしまう、ということにも気付いてもらいたい。
「税金払ってるから」とか「働いてるから」とか「美しいこの国を愛しているから」なんてこと、キミの人権を守るためには何一つ役に立たないんだよ。
*1:現実的には存在していると言わざるを得ないが、建前上はそういうものである