燃える男の赤いトラクター

電波男

電波男

なんか話題になってるっぽいんで、いちおう読んでみたですよ、「電波男」。
村崎百郎みたいなんかと思ってたら、なんか違うみたいです。(ちなみに「電波系」ではまぞうの検索すると、電気工学の教科書が続々と出てきてちょっと学生時代のイヤな記憶が甦ったorz)


うーん、なんだかわたしが常々id:dd00269968くんに言ってるようなことが本になったみたいです。
こういう話を聞かされるとイヤな気持ちになる、ってことがわかりました。反省しています。


巻頭で、わたしの師匠である(と勝手に思っている)柳下毅一郎さんが「セカチュー」について書いた文章が取り上げられています。「セカチューに感動するあっち側の人間が世間的には正しくて、ケッ!とか思っているこっち側の人間は悪なんだ」という論理ですね。

まぁこの論理でいえばわたしなんかは完全に「こっち側」の人間なんですが、だからといって萌えの人ともいえないしなぁ。


そもそも、現実に恋愛が出来ないから妄想で恋愛しろ、というのは結局恋愛資本主義に屈服してることにほかならないんじゃないでしょか。


わたしなんかは、もはや妄想の世界であっても恋愛はできません。
萌えるよりはワイルドに燃えていた方が性に合ってるようです。

ワイルド7 [愛蔵版] 2

ワイルド7 [愛蔵版] 2


本田さんの理論(とくに「負け犬」をくさす辺り)を読んで思い出したのが、昔の「別冊宝島 おたくの本」で、わたしの師匠である(と勝手に思っている)上野千鶴子先生が言っていたこと。

おたくの本 (別冊宝島 104)

おたくの本 (別冊宝島 104)

男の子向け漫画に出てくるような可愛くてセクシーな女の子が現実にいるわけがないし、女の子向け漫画に出てくるようなキレイな男の子だって現実にいるはずがない。こんなにお互いの理想がかけ離れてしまって、恋愛なんてできるのかしら。


そんなことを言っておられたのがもう16年も前のこと。
この危惧はどうやら現実になってしまったようですね。