ことわざの実証

女性は、恋愛をすると女性ホルモンが分泌されて美しくなる。

・・・そんな言説を耳にしたことはありませんか?

科学的な根拠があるとは思えないこの説ですが、逆のことを想像すればすぐオカシイことに気付きます。男は恋愛すると男性ホルモンが分泌されて逞しくなる・・・ワケありませんね。


では、男性ホルモンが過剰になるとどうなるのでしょうか。

男性ホルモンによく似た効果をもたらす薬物として知られるものに、アナボリック・ステロイドがあります。
筋肉を増やし脂肪を燃焼させる効果があるため、筋肉増強剤として広く使われ、ボディビルダーやプロレスラーの間ではある意味常識となっているこの薬ですが、ドーピング検査にひっかかるばかりでなく、おそろしい副作用をもたらすのです。

まず、禿げる。それから、筋肉にシコリができる。
わかりやすい例がハルク・ホーガンです。若い頃はフサフサした金髪を振り乱していた彼ですが、あっという間に頭頂部から禿げてしまいました。この禿げ方はステロイド使用者に共通するもので、スーパースター・ビリー・グラハムなんかも同じ禿げ方をしています。
また、ホーガンの胸には傷跡があります。一般には、悪役の凶器攻撃でついた傷ということになっていますが、実は、大胸筋にできたシコリを取り除いた手術痕です。

それから、重症になると腰の骨が溶け、歩行が困難になります。先ほど名前を挙げたビリー・グラハムがその典型例として知られています。


そして、ステロイドは人格の荒廃を引き起こします。


わたしの母から聞いた話です。
母の知人の娘さんには、やさしい旦那様がいたのですが、その旦那様が、重いぜんそくの発作を起こして入院されました。しばらく仕事を休業して、ようやく回復して退院したのはいいが、それ以来人が変わったように乱暴になってしまい、離婚を考えたそうです。

この話を聞いたわたしは、こう思いました。
それは、ぜんそくの治療薬として投与されたステロイドの副作用によるものではないか。
ならば、薬の投与をやめればじきに直るはず。

しばらくすると、その話は聞かれなくなりました。きっと、薬の作用が切れてきたのでしょう。よかったよかった。


プロレス界にも、こんな事件が伝わっています。

今から10年ちょっと前の話です。アメリカの団体WCW(今はない)に、セッド・ヴィシャスというレスラーがいました。全身ムキムキの筋肉はいかにもボディビルダーあがりらしいカットの出た、筋ばったもので、レスラーに必要な柔軟性がまったく感じられない、典型的な見掛け倒しレスラーでしたが、当時のアメリカではこういうタイプが売り出されていました。

この男、トラブルメーカーとしても知られ、レスラー間では鼻つまみ者でしたが、あるとき、ついに決定的な事件を起こすことになります。

大きな試合の前には、イベント進行やリングコスチュームなどに関するミーティングが行われます。これはとても大事なことです、大人なんだから。
この大事なミーティングに、セッドは2時間も遅刻してきたのでした。
そのことを、アーン・アンダーソンという先輩レスラーが咎めました。すると、セッドはいきなりキレて、その場にあったハサミをつかむとアンダーソンに襲い掛かったのです。

おかげでアンダーソンは背中や腹に18針も縫う怪我を負ったのですが、彼も「鉄人」ルー・テーズ門下で修行を積んだ猛者であり、ただやられるわけにはいきません。イスを掴んで応戦し、逆にセッドの左手首を叩き折ったのでした。

これ以来、セッド・ヴィシャスはプロレス界からフェイドアウトすることになり、こういうステロイドに頼ったムキムキ男が重用される時代は終わりました。
最近のWWEを見ると、カート・アングルにせよブロック・レスナーにせよ、トップどころはみんな、レスリングの基礎をしっかり身に付けています。歴史に学ぶものが勝利する、ということでしょう。


さて、この腕折り事件について、プロレス史家の流智美氏から聞いた、「人間風車」の異名で知られた往年の名レスラー、ビル・ロビンソンは、


「これぞまさに、”ニクヲキラセテ、ホネヲタツ”だな」


と、大の親日家(現在も日本在住で、レスリング道場で指導している)らしい発言をしたそうです。

人間風車ビル・ロビンソン自伝―高円寺のレスリング・マスター (BLOODY FIGHTING BOOKS)

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