大正の怪談実話

東雅夫さん編『大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション』を読みました。以前に出た『昭和の怪談実話ヴィンテージ・コレクション』の続編で、今度は大正時代に刊行された怪談本からエピソードを収録しています。
日本における心霊研究家の草分けであり、『遠野物語』の成立にも関わっている水野葉舟による「霊界の実話」などは「実話怪談」ジャンルの原型として興味深いですし、出版史上に名高い、中村古峡主宰「変態心理」誌上で行われた恐怖体験座談会(参加者のひとりは、森田療法創始者である森田正馬)もいい味です。
『変態心理』と中村古峡―大正文化への新視角

『変態心理』と中村古峡―大正文化への新視角


それらに加えて味わい深いのが、講談師の5代目神田伯龍による口演の速記録「怪談不思議物語」ですね。
明治から大正にかけ、大衆の娯楽として読まれていた出版物は、小説ではなく落語や講談の速記録でした。講談社はその名のとおり、講談本でこの時期に躍進した会社です。
本書にはシンプルな話がいくつか収められていますが、日露戦争前夜に、皇后の夢枕に坂本龍馬が立って勝利を予言したという、有名なエピソードも収録されています。

新装版 竜馬がゆく (8) (文春文庫)

新装版 竜馬がゆく (8) (文春文庫)

(たしか『竜馬がゆく』のあとがきでもこのエピソードが紹介されていた)


内容もさることながら、神田伯龍といえば「明智小五郎のモデル」としてミステリ愛好家にはよく知られた人物です。

D坂の殺人事件

D坂の殺人事件

『D坂の殺人事件』には、明智は「変に肩を振る、伯龍を思い出させるような歩き方」をすると書かれていますが、戦後世代にはそもそも伯龍の歩き方がわからないので、どんな人だったのだろうとずっと疑問だったのですが、こうして口演の記録を読んだことで、何となくその実像が身近に感じられるようになった気がします。
講談十八番大全集 暗闇の丑松

講談十八番大全集 暗闇の丑松