悪のからくりを粉砕する男

コロラド州の映画館銃乱射事件は世界中に大きな衝撃を与えましたが、ニューズウィーク日本版編集部の人がこんなエントリを書いていました。


http://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2012/07/post-254.php

バットマンと銃乱射の不毛な関係

「俺はジョーカーだ」

 7月20日、米コロラド州オーロラで銃乱射事件を引き起こしたジェームズ・ホームズ容疑者(24)は逮捕直後、警察に対してこう語ったという。

 ジョーカーと言えば『バットマン』シリーズに欠かせない悪役の1人。犯行当日、ホームズは髪の毛をジョーカーさながらに赤く染め、全米公開が始まったばかりのシリーズ最新作『ダークナイトライジング』を上映している映画館で狂気の行動に出た。

 犯行の動機はいまだ不明だが、外見からは分からない凶悪さを備えていることは確かだ。犯行後に捜査が入ることを見越して、ホームズの自宅アパートには30を超える爆発物などの「罠」が仕掛けられていた。同じ部屋に、バットマンのポスターやマスクも残されていたという。

 こうした事件が起きるたび、映画のシーンやキャラクターが現実社会の犯罪の引き金になるかという議論が行われてきたが、いつも不毛な気がするのはなぜだろう。結論が「NO」だということは誰もが分かっているからではないか。

 確かにこれまでも、スケールはさまざまだが映画を模倣した事件は何度となくあった。81年に起きたレーガン米大統領暗殺未遂事件の犯人が、『タクシー・ドライバー』の主人公トラビスを模して犯行を起こしたことはあまりにも有名だ。

 09年にニューヨーク・マンハッタンのスターバックス前で起きた爆発事件では、犯人の17歳の少年は映画『ファイト・クラブ』を真似たと供述した(同作では、ブラッド・ピット演じる主要キャラクターがスターバックスを攻撃する場面がある)。

 でも、そうした作品がなければ事件が起きなかったかといえば、そんなはずはない。映画は犯行をあおるのではなく、ただ犯人を含めた普通の人々を取り巻く現実社会のリアルな何か----孤独、社会への不満、言葉では説明しがたい渇望----をとらえているだけだ。

『タクシー・ドライバー』も『ファイト・クラブ』も過激で暴力的な描写が多くて、明るく健全な映画では決してないけれど、社会の暗部に光を当て問題を提起するという意味では、いずれも上質で勇気ある作品だ。

 こうした作品が「時代遅れ」になって初めて、悲劇を繰り返さない可能性が生まれる。

――編集部・佐伯直美

このエントリ書いた人、絶対『バットマン』観たことないですね。ジョーカーの髪は緑だよ!


この記事に対するツッコミというわけでもないんでしょうけど、冷泉彰彦さんは同じ「ニューズウィーク」のサイト内でこんなエントリを書いています。


http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/07/post-462.php

「ジョーカーの髪は赤くない」、コロラド乱射事件の謎

 20日(金)早朝に映画館で乱射事件を引き起こし、12名を射殺、50名を負傷させたジェイムズ・ホルムズ容疑者は、23日(月)には予備審問のため、地区の法廷に登場しました。その風体は異様であり、視線が定まらないばかりか、時折意識を朦朧とさせるような態度は、社会から大きな非難を浴びています。

 それよりも私が驚いたのは、噂通りホルムズが髪を赤く染めていたことでした。どうして驚いたのかというと、ホルムズがバットマン3部作の第2作『ダークナイト』に登場する殺人鬼のジョーカーというキャラクターに影響を受けていたと伝えられる一方で、作中のジョーカーの髪の色は「赤くない」からです。故ヒース・レジャーが演じた、『ダークナイト』におけるジョーカーの髪は終始黒で、やや青みがかった色をしているのです。

 では、一説によると「自分はジョーカーだ」と名乗って殺戮を繰り広げたというホルムズ容疑者が、どうして「ジョーカーの髪の色」を間違ったのでしょう?

 1つの有力な解釈は、ホルムズは『ダークナイト』という映画について、非常に浅い理解しかしていないという可能性です。

 この『ダークナイト』では、確かに「赤い髪のジョーカー」が登場するシーンはあります。映画の冒頭にある銀行襲撃のシークエンスと、エンディング近くで起きるゴッサム病院爆破のシーンです。それだけ見ると「凶悪事件を起こす時のジョーカーの髪の色は赤」という設定に見えますが、実は作中でのこの2つのシーンのジョーカーは「かつら」をかぶっているという設定になっているのです。

 この『ダークナイト』におけるジョーカーというキャラクターは、クリストファー・ノーラン監督が脚本を共同執筆している弟さんのジョナサン・ノーランと緻密に作り上げているわけで、その意味合いを本当に理解していたのであれば犯罪モードの際の「かつら」の色である「赤」に自分の髪を染めてしまうというのは不自然です。

 さらに言えば、本作中のジョーカーの外見に関しては、髪の色以上に「口裂けの傷」という問題が重要になります。この点に関しては、ノーラン兄弟は作中でジョーカーにかなり屈折したセリフを言わせているのですが、その中では漠然と「父親による虐待の結果」ということが示唆されています。

 ホルムズが「ジョーカー」に影響を受け、凶行に及んだというニュースを聞いて私は「もしかして、父親に虐待を受けていて、その経験がジョーカーの物語とシンクロしたのかもしれない」という仮説を考えました。仮にそうであるなら口紅か何かで「口裂けの傷」を表現しているはずですが、そうした情報はありません。

 それよりも何よりも、仮にホルムズが映画『ダークナイト』に深い影響を受けていたとすれば、その「完結編」となるべき今回の『ダークナイトライジング』を見ることなく、従って物語の完結を知ることもなく凶行に及んだというのは不自然です。ホルムズが、「世間の凡人とは違って自分だけがジョーカーの理解者だ」という幻想に囚われていたにしても、2作目の『ダークナイト』という映画に「のめり込んでいた」のであれば、3作目への強い関心は生まれているはずだからです。

 ほとんど情報のない中で、犯人の心理を推測するのはこのぐらいにすることにします。ただ、このジェイムズ・ホルムズという青年が、クリストファー・ノーラン監督の「バットマン3部作」のまともなファンでもなく、また2作目の悪役「ジョーカー」に何らかの形で自分を重ねていたにしても、そのジョーカーというキャラクターに関する理解も浅薄なものであるとするならば、今回の乱射事件と映画の関連は相当に割り引いて考える必要があるように思います。

 余りにもリアルな「ジョーカーという悪」を描いたために、それに触発された事件が起きたというよりも、元々凶悪なことを考えていた青年が、一種のファッションとして「ジョーカー」のスタイルを取り入れた、それだけのようにも思えるのです。髪を赤く染め、バカバカしいほどの重火器で武装し、自室に爆薬とガソリンの発火装置を設置したのも、その続編の深夜先行上映の場を凶行の場に選んだのも、勝手な理屈の延長に過ぎないことになります。

 いずれにしても、週末から週明けにかけてのアメリカはこの事件のニュース一色になりました。映画に関して言えば、そんなわけで映画に原因があるとは言えないものの、犠牲者の家族に配慮して「週末の興行収入速報の自粛」、「東京、パリ、メキシコでのプレミアの自粛」、「主演のクリスチャン・ベールによる遺族への慰問」など様々な対応を行なっています。

 それにしても、12名の生命が奪われ、50名が負傷し、その中には現在も重体である人もいるわけで、狙撃犯のホルムズという人物がいかに「意味不明」であっても、事件の重みというものは大変なものがあります。そうなのですが、今までお話したような観点から、私は事件と映画の関係は非常に薄いと考える者です。

 まして、今回の『ダークナイトライジング』には、ジョーカーは全く出て来ませんし、内容も善と悪、都市の抱えた危機と再生の物語へと大きく変わっています。何よりも3部作の壮大なフィナーレとして、傑作であることは間違いありません。その公開が、そしてファンが楽しみにしていた深夜先行上映が、このような形になってしまったことには、改めて憤りを感じます。

犯人の思考について、慎重な考察を加えています。ジョーカーの口の傷については、”漠然と「父親による虐待の結果」ということが示唆されています”という書き方をしています。冷泉さんがそう誤解しているわけではないでしょうが、乱射犯も含め世の中にはそういう誤解をする人もいるという意味なら納得できます。


ダークナイト』を誤解した人や、ジョーカーの髪の色を間違えた人もいるように、日本人にとってバットマンは意外となじみがないのかもしれません。


同じアメコミ映画のヒット作である『スパイダーマン』シリーズと、『バットマン』シリーズの興行収入を比較してみると、

タイトル 全世界興収 日本興収
スパイダーマン(2002) $821,708,551 75億円
スパイダーマン2(2004) $783,766,341 67億円
スパイダーマン3(2007) $890,871,626 71.2億円
バットマン(1989) $411,348,924 34.7億円
バットマン リターンズ(1992) $266,822,354 14億円
バットマン フォーエヴァー(1995) $336,529,144 9億円
バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲(1997) $238,207,122 14億円
バットマン ビギンズ(2005) $372,710,015 14億円
ダークナイト(2008) $1,001,921,825 16億円


日本では『バットマン』より、『スパイダーマン』のほうが圧倒的に人気があるようです。

なりきりマスク スパイダーマン

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やっぱりレオパルドンの存在が大きいのか、それとも池上遼一の影響があるのか、もしくは名乗り向上の効果か、理由はわかりませんが。
スパイダーマン 東映TVシリーズ DVD-BOX

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新作『アメイジングスパイダーマン』は、日本公開された週の土日で5億8100万円の興行収入を挙げましたが、『ダークナイト ライジング』は果たして「バットマン映画は当たらない」とされる日本のジンクスを打ち破れるでしょうか。