どう思う「どう思う『子供の義賊』」

東日本大震災が発生してからしばらくの間、いくつものデマが生じました。「ナイフを持った外国人が歩き回っている」「レイプが多発している」「中国人が避難所を占拠した」など犯罪にまつわるものが多かったため、被災地の住民はよけいな不安を煽られたものです。


ところで、BLOGOSでこんなエントリが出ていました。


http://blogos.com/article/29764/

どう思う「子供の義賊」― 震災現場で何が起こったか?

北村隆司

東日本大震災は「聞くと見るでは大違い」だと言う手紙を沢山貰った。報道が全てをカバーできない事は当然だが、聞いた話の中から、考えさせられた幾つかのエピソードを紹介してみたい。


深夜バスで被災地に駆けつけた私の友人が、食料確保のため宮城県のサービスエリアに寄ると、そこには明け方の5時なのにボランティアの若者で溢れかえっていたそうだ。政治の批判ばかりして行動を起さない大人に比べ、先ず行動する日本の若者も捨てたものではない。


然し、何と言っても衝撃的だったのは「子供義賊」の話だ


それによると、避難所の子供数人が無人気仙沼信用金庫に行き、現金数千万円を持ち出し、そのお金を全て避難所にいる老人に配ったと言うのだ。これには、警察もどうしてよいか、ただオロオロするばかり。子供いわく「義援金が集まっても現地には1円もこない。悪い事とは判っていたが、こうするしかなかった。お爺さんお婆さんは涙を流し喜んでくれた」と。


それに比べると、大金の為に命を失った老婆の話は身につまされた。着の身着のままで一度避難した老婆が、周りの人の制止を振り切り、忘れ物を取りに家に引き返した為に津波にのまれ、三日後に背中に背負ったリュックに現金3000万円が詰め込まれた姿で、遺体として発見されたと言う。


大金を取りに帰る気持ちも判らなくは無いが、咄嗟の判断が運命を決めると思うと、人間の「性」の空しさを感ずる。それにしても3000万円と言う大金を箪笥預金にしなければならないほど、日本では国や銀行に対する信頼が落ちたのだろうか? 国の指導者である小沢氏まで、4億円もの大金を箪笥預金している位だから、やむを得ないのかもしれないが、後ろめたいお金なら兎も角、先進国では考えられない話である。


このエピソードに表れた日本の世相は、日本は何か大切な物を忘れているのでは? と思えてならない。


今回の大震災は「災難の被害を最少にするためには、薄っぺらな教科書的知識ではなく、世界でも特別に厳しい自然環境で生きて来た日本人が大切に保存し蓄積してきた智恵に学ぶべきである。」と書いた寺田寅彦の教訓を思い起こして呉れた。寅彦は続けて「処が、人間の智恵ほど万人がきれいに忘れがちな事もまれで、少なくとも国の為政者はこの健忘症に対する診療を常々怠らないようにしてもらいたい」と言う指導者への警告も忘れなかった。


その智恵の一つに「津波てんでんこ」がある。


お恥ずかしながら、私が初めてこの智恵の存在を知ったのは、中東のTV局、アルジェジラ(英語版)の番組であった。このドキュメンタリーは、津波に呑まれて思わず握っていた手を離したために、祖父が行方不明になったと嘆き悲しんでいた孫娘が、2日後に祖父との感動の再会をした実話を描いたものであった。


「自分の事は自分で守れ」と独立自尊の精神を教えた「津波てんでんこ」は、「津波が来たら、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」と言う現代のマニュアルに反する教えで、「冷たい人間」とか「指導者の指示に従わない」と言う批判が気になり、咄嗟に従うのは難しい。


今度の震災でも「津波てんでんこ」の教えを守って、校長の指示も待たずに各自が高台へ避難した学校で、登校者全員の無事が確認された実例も多いと言う。その一方、文科省のルールに従い、担当の指示を待っていたために津波に巻き込まれて犠牲になったケースも多かったと言う。


「子供義賊」「大金か命か」「マニュアルか、人間の智恵か」。今回の震災ほど、人間にとって何が大切かを考えさせられたことはない。


私には「これが欠けている」と特定は出来ないが、日本の教育は軽薄な知識の詰め込みに忙しく、何か肝心なものが抜けている気がしてならない。この際、日本の教育に欠けている大切な物は何かを良く考え、東北大震災の復興計画の中に日本の教育の復興も入れて欲しいものである。

ちょっと待てや。


無人気仙沼信用金庫から数千万円が持ち出された、というのは3月22日に発覚したこの事件のことでしょう。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110322/crm11032218560008-n1.htm

東日本大震災】倒壊の信金支店から4千万円窃盗 気仙沼

2011.3.22 18:55

 22日午前10時ごろ、宮城県気仙沼市松崎片浜の「気仙沼信用金庫」松岩支店の職員が「金庫から金が盗まれている」と気仙沼署に届けた。同署員が調べたところ、金庫から約4千万円が盗まれていた。同署が震災に乗じた窃盗事件として捜査している。

 同署によると、松岩支店は東日本大震災による津波で建物が損壊。金庫がある部屋の鉄製ドアの電子ロックが壊れていた。防犯カメラも作動していなかったが、ガードマンなどは立たせていなかったという。

 19日午前に職員が金庫内に金があることを確認したのが最後で、この職員は「カギはかかっていると思っていた。壊れていることには気づかなかった」と話しているという。

 22日午前9時半ごろ、施設内の片付けに訪れた職員が、金庫内から金がなくなっていることに気付いた。同署は3連休中に盗まれたとみている。盗まれたのは紙幣のみで、硬貨は残されていた。

 現場はJR松岩駅から約100メートルの住宅街だった地域。気仙沼市は22日昼までに490人の死亡が確認され、多くの建物が倒壊している。

盗まれたのは3月20日ごろのことですから、まだ義捐金だなんだという段階ではありません。避難所では水や食べ物の配給が必要だった時期で、現金を配っても何の役にも立たなかったはずです。それに、地元ではこのニュースはかなり大きく取り上げられましたが、その後の続報はまったく聞かれていません。子供義賊とかデマじゃないの?


気になったので、気仙沼警察署に電話で問い合わせてみました。


電話に出てくれた警察の人に「あの事件、容疑者は捕まったんですか?」と質問してみたら、「まだ捜査中です」とのこと。
出てくれた人によれば、ネット上にこうした書き込みがあることは警察でも把握していて、今日も仙台の人から問い合わせがあったそうです。逆に「いったいどんな書き込みなんですか?」と聞かれたので、「伊藤忠商事の偉いさんだった人がブログで書いてて、それが2ちゃんねるとかに転載されてます」と答えておきました。この「子供義賊」が事実かどうかは「捜査中につきお答えできません」とのことですが、少なくともこれを事実と認定するソースはいまのところない、と言っていいでしょう。


石巻市では、被災したコンビニのATMから現金1300万円を盗んだとして、少年5人が逮捕されています。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110713/crm11071320320030-n1.htm


この件はテレビの警察ドキュメント番組でも取り上げられたので、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。


また、3月17日の朝日新聞は、被災地で起こったこのような事件を報じています。


http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103170165.html

<前略>
宮城県北部の被災地では、男子高校生4人が、自動販売機を壊し、ウーロン茶やコーヒーを取り出しているのを記者が目にした。4人は避難所に持って行き、高齢者らに配って回っていた。当時、食料も水も行き渡っていなかった。
<後略>

おそらく、「気仙沼信用金庫で4千万円が盗難」「少年がATM荒らしで逮捕」「高校生が自動販売機から取り出した飲み物を高齢者に配った」これらのニュースが混ざった結果、「少年義賊」というセンセーショナルなトピックが生まれたんじゃないかと思います。
このエントリを書いた人は「日本の教育にはなにか肝心なものが欠けている」と言っていますが、いちばん欠けているのは「これホントなの?」と冷静に立ち止まって考えてみるリテラシー教育だと思いますね。