Boys will be boys

ダーレン・アロノフスキー監督、ミッキー・ローク主演の『レスラー』は、プロレス映画であると同時にメタル映画でもあった。


この映画は、主人公であるランディ”ザ・ラム”ロビンソンの全盛期を伝えるポスターやテレビ音声のコラージュから始まる。BGMは、ランディの入場テーマ曲、Quiet riotの"Bang your head"だ。

メタル・ヘルス~ランディ・ローズに捧ぐ~(紙ジャケット仕様)

メタル・ヘルス~ランディ・ローズに捧ぐ~(紙ジャケット仕様)

ランディ・ロビンソンは84年から89年にかけて、イラン人ギミックの宿敵アヤトーラとの抗争でMSGをフルハウスにしたという設定である。ミッキー・ローク演じるランディは、なじみのストリッパー、キャシディとのデートで自らの全盛期を懐かしむように80年代メタルへの郷愁を表し、90年代への嫌悪を吐き捨てる。ミッキー・ローク本人のキャリアともシンクロし、観客に強い印象を残す場面だが、ここではRATTの"Round and round"が使われている。

情欲の炎(紙ジャケSHM-CD)

情欲の炎(紙ジャケSHM-CD)

シンディがポールダンスを踊る場面では、Scorpionsの"Animal magnetism"が使われるし、再起を期するランディがトレーニングを始める場面ではAcceptの"Balls to the wall"と、ジャーマン勢への目配せも忘れていない。
電獣~アニマル・マグネティズム

電獣~アニマル・マグネティズム

ボールズ・トゥ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)

ボールズ・トゥ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)


ランディ”ザ・ラム”やミッキー・ロークにいろんなことがあったように、ミュージシャンたちも20数年で大きな変化を味わった。Quiet riotは早々と人気が低迷し、解散と再結成を繰り返したあげく2007年にはボーカルのケヴィン・ダブロウがドラッグの過剰摂取で死亡している。RATTはメンバー間でバンド名や楽曲の権利を巡って泥沼の法廷闘争を繰り広げ、ギタリストのロビン・クロスビーはドラッグの注射器から感染したAIDSにより2002年に死亡している。


映画も、プロレスも、メタルも、死屍累々である。


※以下、映画の結末に言及しています。




























そして、映画ラストで復帰戦に臨むランディは、入場曲としてGuns 'n'rosesの"Sweet child o'mine"を流す。

  • Sweet Child O' Mine


アペタイト・フォー・ディストラクション

アペタイト・フォー・ディストラクション

闘いの前奏曲としては穏やかにすぎる楽曲である。しかし、この試合は通常のものではない。宿敵アヤトーラとの20年ぶりの再会であり、ファンとともに青春を懐かしむお祭りであり、健康・家族・仕事・恋人とすべてを失ったランディが最後に残ったプロレスへの愛を告白するラブシーンでもあるのだ。


心臓に爆弾を抱えるランディは、ふたたびリングに上がれば命がない。映画を観ているわれわれは、そのことを知っている。復帰戦は自殺行為でしかない、ということを知っている。だが、愛のために死のうとしている男の姿はあまりに美しい。


リングに上がったランディは、アヤトーラの猛攻を受けて心臓に変調をきたす。異変を察したレフェリーは試合を止めようとするし、アヤトーラはリングに仰向けになり「早くフォールしろ」と試合を終わらせようとする。だが、ランディは観客の声援を受けてトップロープに立ち、満足げな笑みを浮かべながら必殺技”ラム・ジャム”を放つのだ。



映画はここで終わり、ブルース・スプリングスティーンの感動的な主題歌が流れてエンドクレジットとなる。その瞬間にランディの人生は凝縮され、悲しくも美しい物語が、ここで完成する。


だが、ぼくたちは「その瞬間」の後をもう知ってしまっているのである。



スリーカウントの後も動かないランディ。


駆け上がってくるレスラー仲間や関係者たち。


リングに持ち込まれるAED


顔面蒼白となるアヤトーラ。


満場の「ランディ」コールの中、土気色になっていくランディの肌。



それらの情景を、ぼくは思わずにはおれないのだ。それは、この映画にとって不幸なことなのだろうか。