重力に魂を引かれた人々

伊坂幸太郎原作の映画『重力ピエロ』は、5月から全国公開予定ですが、宮城県では今日から先行公開されています。

というわけで、珍しく初日に観てきたッス。


この映画は(原作もだけど)仙台を舞台としてオールロケで撮影されており、見覚えのある風景ばっかり出てくるので、ロケ地当てクイズをやりながら観ているような気分になりました。


劇場では、ロケ地マップ付きのフリーペーパーを配布しているので、制作側としても地元意識を強く押し出しているようです。連続放火事件の現場になった、というのがプラスになるかどうかは微妙なところですが。


とはいっても、映画中の街の縮尺と実際の街のスケールが異なるので、市内中心部にいたはずの主人公(加瀬亮)が、次の場面ではミヤギテレビ前の歩道橋を歩いていたり(たぶん二時間はかかる)、大倉ダムの上にいたり(車で一時間はかかる)、片平のダイニングから逃げ出した吉高由里子を泉中央まで追いかけたり(10kmぐらいある)、というあたりでは思わずズッコケました。池玲子の『女番長』という映画で、高校球児くずれの宮内洋がやくざの親分を刺し、大阪の梅田から甲子園球場まで、日本刀をぶら下げたまま15km走って逃げるという場面があったのを思い出しました。

スケバン 女番長 [DVD]

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たぶん、東京に住んでる人からすればこういうのはよくあることなんだろうなぁ。


原作と変わった点もいくつかありました。
※以下ネタバレ























主人公の泉水が、かつて母を犯して弟を生ませた男である葛城(映画では渡部篤郎)に接近するところは、原作では遺伝子解析の仕事をしている泉水が葛城から依頼を受けるのですが、映画では泉水が大学院生に変更されているため、女子高生デリヘルを経営する葛城のマンションへ「家出した妹がここにいるはずだ」と押しかけることになりました。


そこで、渡部篤郎は自分の強姦哲学を語り、被害者の写真も撮ってあると打ち明けるのですが、そんなややこしそうなヤツに危険な秘密を告白しないだろフツウ。


おまけに原作では、榴ヶ岡小学校の校庭で、弟の春(岡田将生)が実父である葛城をバットで撲殺するのですが、さすがに実在の学校を使うわけにはいきません。

というわけで、泉水たち一家がかつて暮らし、葛城が彼らの母(鈴木京香)を犯した家をその舞台とするのですが、引っ越してから20年もずっと空き家のままだったというのは不自然じゃないでしょうか。ずっと父親(小日向文世)が所有していたのかなぁ。ふつう、売るか貸すかするでしょ。


しかも、そんなところに、自分を憎んでいる息子(連続放火犯)から呼び出されてホイホイやってくる葛城はあまりに間抜けすぎますよ。あまつさえ、火をつけても逃げようともしないのだから、わざわざ殺されたくて来たとしか思えませんでした。


ぼくが最も残念に感じたのが、作品のキモとも言えるセリフの反復がなかったこと。


予告編やCMでもフィーチュアされている「春が、二階から落ちてきた」が、冒頭と結末で繰り返されるのは原作どおりですが、もっと重要なのが、春の「赤の他人が父親面するんじゃねえよ」というセリフだと思うんです。


彼らが少年時代にテレビで見たご対面番組で、実父と再会した娘が養父に向かって「赤の他人が父親面しないでよ」と言い放つ場面があるのですが、春は逆に、「俺はお前の父親だぞ」と命乞いをする葛城に対し、このセリフを突きつけるんですね。これは痺れました。映画でも、最も重要なテーマは「家族愛」だったのですから、このセリフは入れるべきだったと思うなぁ。

重力ピエロ (新潮文庫)

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原作では、章を細かく分けた独特の構成と軽妙な会話文、数多くの意味ありげな固有名詞の引用によって、謎の少ないストーリーを引っ張る巧みな伏線が張り巡らせてありましたが、映画では伏線のほとんどが削られていました。