天の光はすべて星

「お兄ちゃん、何してるの?」
 六歳の弟が、ぼくの脚にまとわりつきながら、そう言った。
 何をしているのか、といっても何かをしているわけではない。ただベランダに立って、星を見ているだけだ。
 宇宙は広大だ。いちばん近い天体である月は地球から38万キロ離れていて、その光は、今から1.2秒ぐらい前に発せられたものだ。火星は5600万キロから一億キロ離れているので、3分から5分ぐらい前。シリウスは8.58光年離れているから、8年7ヶ月前の光。ぼくが、弟のカズユキぐらいの年だったころだ。ベテルギウスなら430年前だから、織田信長が死んだころの光である。何万光年も離れた星の光は人間の目には見えないが、それでも、何万年も前の光が今の地球に届いているのはたしかだ。何億年も何十億年も前の光も、見えないにしても空のどこかにある。ぼくは、何億年も前の光と、1.2秒前の光を、同時に見ているのだ。
 そう思えば、つまらない学校生活のことなんて、どうでもよくなるような気がする。
 中学生で、学校が楽しいなんていうやつは、よっぽど特殊な才能に恵まれたやつだけだと思う。運動神経がいいやつや、背が高くて顔のいいやつや、明るい性格で話の面白いやつや、そんなやつらのために学校というものは存在している。少なくとも、ぼくのように運動音痴で顔も地味で背も低くて本を読むことだけが楽しみな、そんな人間を歓迎してくれる学校なんてどこにもあるはずがない。
 クラスの中にはカップルもいるが、ぼくには好きな女の子すらいない。ブサイクなくせに、人のことをゴミでも見るみたいな目でにらむような女どもばっかりで、とてもそんな気にはなれない。
 女の子と口をきいたのはいつが最後だっただろう。いや、ちゃんとしゃべったことがあるかどうかすら、あやしいものだ。青春なんてのはフィクションの中にしかないものなのだ。
「ほら見てみなカズ、流れ星だよ」
 つまらない日常のことを忘れるために星を見ているんだよ、なんてことは言いたくない。ぼくは、ごまかすように弟に語りかけた。
 北斗七星から少し西の方向に、流れ星が見えたのが、ちょうどいいきっかけになった。
「あーほんとだー、すごいねー」
「な、すごいだろ」
 カズユキは目を輝かせていた。いま見えているシリウスの光が発せられたころは、ぼくもこんな目をしていたのだろうか。
「カズ、何をお願いしたんだ?」
「あのね、ぼくゴーオンジャーのジャンクションライフルセットが欲しいの。お兄ちゃんは?」
 ゴーオンジャーか。ぼくも小さいころガオレンジャーが大好きだったなぁ。
「お兄ちゃんはね。そうだな、女の子が空から降ってきますように、って。世界中のモテない男が、空から降ってきた女の子となかよく平和にくらせますように、って、祈ったんだよ」


※こちらの企画に参加です。
【降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナルの創作小説・漫画… - 人力検索はてな

【降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナルの創作小説・漫画を募集します。


条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。


字数制限 : 200〜1000 字程度
締め切り : 2009-01-12 18:00 で募集を止めます。
優勝賞品 : もっとも稀少な(と質問者が判断する)作品を書いてくださった方に 200 ポイントを贈ります。


なんでもこの辺から、「女の子が降ってくる」話の是非が盛り上がってきているらしいです。
もうそろそろアニメで突然やってくる女の子とか、幼なじみとか、やめませんか? - あしもとに水色宇宙
「突然やってくる女の子」と「主人公に好意を持っている幼なじみ」というパターンはたしかに萌えの設定に使いやすいですが、元エントリで引き合いに出されている高橋留美子には、「主人公に好意を持っている幼なじみの許婚(しかも美人の従姉妹)が突然やってくる」話もあったものです。

この本に収録されている『笑う標的』という短編がそういう話だったんですが、ぼくが今まで読んだり観たりしたホラー作品の中でいちばん怖かったなぁ。