What’s new, pussycat?

功夫師のこちらのエントリが話題になっています。

http://d.hatena.ne.jp/samurai_kung_fu/20061007#p1


例の坂東眞砂子先生の、子猫をね、こうやって、ドーン!問題から、どうして宮崎勤にまでつながるのかわからない方もいらっしゃるようですが。


実は、このねこころ問題はジージャンズにとって決して他人事ではないんですね。

嫌オタク流

嫌オタク流

今年のはじめに出版され、ちょっとした話題になった「嫌オタク流」。



この本の前半で、海猫沢めろん氏・中原昌也氏・高橋ヨシキ所長が鼎談していたのですが。

めろんでも、中原さんなら、たとえば猫を殺す感覚とか分かりますよね?
中原 :分かんないよ!殺さないって。それは誤解されているなぁ。
<中略>
ヨシキ:猫は絶対に殺さないよ!猫、可愛いもん。飼ってたことあるし。
中原 :猫を殺すぐらいなら、人間を殺してほしいよね。
ヨシキ:そのとおり!でも、人間を殺す前段階として猫を殺すのは許せない。

こんなやり取りがありました。


この辺の感覚、海猫沢氏は「わかんないなぁ」とおっしゃっていましたが、フィクションにおける殺人とか残酷とかゾンビとかそういうのを好む人間が必ずしも動物を虐待したりするわけではない、ということは、「映画秘宝」読んでるような方ならお解りいただけることと思います。


ロリコンものの萌えアニメエロゲーを好む人が、必ずしも幼女を襲う性犯罪者予備軍というわけではない、というのと同じことです。



こちらもちょっと前に話題になった「なぜ人を殺してはいけないのか」論争においても、



「人間なんか殺していいに決まってる。ヘイルサタン。猫はだめ」



という発言をする人がいた*1のですが、これはもちろん本当にそう思っているのではなくて、



「たとえ『殺していい』ということになってもオレは殺さない!」



っていうことですからね。誤解のなきよう。




そういうわけですので、ねこころ問題というのは、すでにオチのついた話題をさらにまぜっかえされるような居心地の悪さを感じさせられることなんですよ、ジージャンズ的には。