一枚の写真

ようやくパソコンからのネット接続が復旧いたしました。
光通信を申し込んだときのセットアップ用CD-ROMを使ってみて、復旧ツールをインストールし直したらなんとかつながるようになりました。いやぁ快適この上ない。


とはいえ、水道はまだ復旧せず、震災から一週間以上お風呂に入れないでいます。いいかげんストレスがたまってきたので、残り少ないガソリンをやりくりして遠刈田温泉まで行ってきました。


蔵王 遠刈田温泉神の湯


この公衆浴場も昨日やっと電気が復旧し、再開したとのこと。源泉かけ流しなので燃料がなくても大丈夫なんですね。いやぁ気持ちよかった。

みやぎ日帰り温泉194湯(2011年版)

みやぎ日帰り温泉194湯(2011年版)

でも、自分がこうしてノンキに過ごしている間も、被災した人はたいへんな生活をしているわけで。


ぼくの知人の中にも、仙台港の近くに住んでいていまだ停電した暗闇の中に過ごしている人もいるし、石巻市の離島・金華山で被災して翌日救助され、鮎川の避難所で五日間を過ごしてようやく自宅に帰られた人もいます。
震源地に最も近い金華山で命がけの避難と大津波の激突目撃 東日本大震災に遭遇して1 ( 地震 ) - 東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」 - Yahoo!ブログ
(↑紀行家の杜泉新生さんのブログ。かなりすごい)


また、宮城県南の町で津波の被害に遭い、避難所でしばらく暮らしていた友人の煙羅くんも、アパートを契約して妻子とともに新しい生活を始めた、と先ほど連絡があったところです。


彼の家にはぼくも何度も遊びにいったことがありますが、子どもたちとwiiで遊んだ思い出のある家がすっかり瓦礫と土砂に飲み込まれてしまっている写真は、ものすごくショッキングでした。


煙羅くんの会社は、被災地域の石巻市塩釜市でゲームソフト店をいくつか経営しているのですが、軒並み大きな被害を受け、停電で警備も動かなくなっている店舗からはゲーム機やソフトが盗難に遭っているとのこと。津波で流された車からガソリンを抜いたり車内から財布を盗んだりする事例もあるようで、「日本では略奪は起こらない」というのは神話に過ぎなかったようです。とはいえ、避難所で食料を取り合ったりする事例は、少なくとも彼の知る範囲では発生していないとのこと。こういう非常時だからこそ、情報の取り扱いには慎重でありたいものです。
まとめよう、あつまろう - Togetter
こんなデマを流す輩もいますからねぇ。まずは子宮頸がんワクチン絡みで気持ち悪いつぶやきをひとしきり流してウォームアップしてから、

  • 「避難所で中国人がやりたい放題。今から木刀持って行って来ます!」

とつぶやいた直後に

  • 「留学生(中国韓国が七割)が物資を根こそぎ運び出したせいで閉鎖された」

と追加情報を投下。これが日の丸クラスタにおおいに受け、ほどよく拡散されたところで、近隣の人から

  • その避難所は三日も前にボヤで閉鎖されました」

とツッコミが入ります。するとなぜか「民族共同自警団を作ろう!」と言いはじめたり、「ボヤは軽微で、略奪による閉鎖は昨日のことだ」と強弁したりします。「現地に行って確かめたが、昨日まで避難所として使われていたような形跡もない」というツッコミに対しては、

  • 激甚災害の直後に避難所として使われていた建物が、きれいに片付いているのは不自然。隠蔽の証拠だ」

などと陰謀説を持ち出し、最終的には「激甚災害における議論こそ私の望み」などとお決まりの逃げを打つのだからもう哂うしかありません。どうしてこういう人は判で捺したように同じ落とし所に持っていこうとするのかなぁ。

検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定

検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定


友人のことに話を戻しますと、5歳になる彼の娘が通う幼稚園では、スクールバスが津波に流されて同級生の園児や先生が亡くなり、仲良しの子も行方不明だとのこと。彼と娘は本当に間一髪で助かりました。
で、新しい生活のため、まだ使える家財道具を取りに二日ぶりに自宅へ戻ってみたら、何やら雰囲気が変わっていたとのこと。すわ盗難か、とも思ったが、自衛隊の救援・捜索隊もかなり来ていることを思い出し、ものが盗まれている様子もないので自衛隊だろう、と。そう思っていたら、前に来たときには見つからなかった、娘の写真が玄関に飾ってあったとのこと。きっと、隊員が見つけて置いていってくれたのでしょう。思わず涙が出たそうです。


被災地の一部は、必ずしもいい方向に向ってはいません。しかし、周辺地域は着実に落ち着きを取り戻してきています。まずはぼくらが落ち着くことで、きっと被災地にも及んでいくと思います。


煙羅、がんばろうな。ガソリンが手に入ったら必ず会いに行くからな!