悪魔の聖書

<昨日より続く>
『堕靡泥の星』は、主人公である神納達也の出生から始まります。


嵐の夜、大学教授の家に脱獄囚が押し入り、教授を縛り上げた上、その目の前で若妻を犯します。

やがて妻は妊娠し、生まれたのが達也。


神納教授には子種が無かったので、脱獄囚の子である達也を教授は憎み、虐待と言えるほど厳しくしつけ、妻のことも激しいSMプレイで責めるようになりました。

あまりの虐待に、達也の母は自殺します。


やがて、中学生になった達也は、歴史の授業でナチス・ドイツポーランド侵攻ユダヤ人虐殺について教えられます。

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

ぼくの中学時代には、歴史の先生はこんなステキなことについてはぜんぜん教えてくれなかったんですが、この作品の当時は日教組による左翼教育とやらが幅を利かせていたんでしょうか。


こうして、達也は『夜と霧』*1を読みふけり、生体実験のくだりを読みながら自慰行為に没頭するという暗い青春を送ります。


そして、17歳になった達也は、テレビで連続殺人犯・蛭川源平の犯行を伝えるニュースを見ていたら、父親に殴られ、「貴様はわしの子供なんかじゃない。あの男がおまえの本当の父親なんだっ!!」と、出生の秘密を教えられます。


20年近くもずっと逃走し続けていたんでしょうか、この男は。


かくして、父の自分への憎しみを知った達也は、クルージング中に事故に見せかけて父を殺害します。

達也:「この数年間…私はこの日…この瞬間を夢に見てきた!荒れ狂う海の中へあんたを叩き落すこの瞬間を…な」

父:「お…おまえはこのわしを殺そうというのか……この父を…息子のおまえが」

達也:「父?…息子? おや、おかしなことをおっしゃいますね。 
    私があなたの息子ではない…とわざわざ教えてくださったのはあなたじゃなかったんですか。
    私が殺人者の子だ…と教えてくれたのはあんたじゃなかったのか。

    だからその証拠を見せてやろうというんだっ!!
    殺人者の子はやはり殺人者であった…というその証拠を…な

こうして、父を殺害して莫大な財産を自分のものにした達也は、その暗い欲望に忠実に、人気アイドルや美しいシスター、ユダヤ人とナチス将校の血を引く美女などを相手に、拉致・監禁・強姦・殺害と暴虐の限りを尽くしていきます。


その行動は、実際に女性を尾行しては強姦計画を練っていたという作者の経験もあり、ものすごい迫真性で読者に迫ります。


美女にハーケンクロイツの焼印を捺すあたりはゾクゾクするほど危険ですが、その行動の根底には、「血」へのこだわりが見てとれます。


達也は、「自分に流れる犯罪者の血がそうさせるのだ」と、ことあるごとに考えているのですが、むしろ、その「血」のために、育ての父から愛情を受けなかったことが彼を屈折させているのではないかと思われます。

文庫版2巻〜3巻で描かれている『尼僧陵辱篇』では、達也は神を冒涜し、呪いの言葉を吐きながら美しい尼僧を陵辱し、神父を陥れていくのですが、執拗に神に語りかけるその姿は、誰よりも神の救いを求めているように見えます。



達也は、罪もない女性を陵辱し殺害することに悦びを感じていながら、一方で、恩人の娘である由美子に淡い恋心を抱き、彼女に対してだけは清らかな交際を持とうとしています。


この、達也の内面の矛盾は、平時では心優しい市民が、ひとたび戦時になると残虐な行為を行うという、人間が持つ二面性を表しているのでしょう。


このため、『堕靡泥の星』を読んでいると、読者は自分の心の奥底をのぞいているような恐ろしさにかられることになります。


性犯罪について、もてない男、女性に縁のない男がしかたなく犯すものだと思っている人は少なくないと思いますが、実際にはそうとも言えないんですね。

人間の心の奥底にはこうした暗い欲望も眠っており、それを理性で押さえつけ、あたかも無きものであるかのごとく振舞って生きているものなのです。


『堕靡泥の星』は、そうした人間の二面性を読者に突きつけ、その心の暗部を刺激してやまない悪魔の書である、としてこのエントリをしめくくりたいと思います。

(なんだこのオチ)

*1:どうでもいいんですが、『夜と霧』で検索するとこんな商品がひっかかってきて激しく脱力するんですけど。

つよきす 霧夜エリカ編 (パラダイムノベルス 296)

つよきす 霧夜エリカ編 (パラダイムノベルス 296)